視界を埋める黒は柔兄の着てはる京都支部の着物で、私を包むのは柔兄の体温やった。素直に嬉しいと思う反面、胸の中には罪悪感が溜まる一方や。胸に溜まる罪悪感は私の弱さであり、また今の自分を支えとるモン。ほんでその弱さを認めたない私は、自分の感情を殺した。好きになってくれへんなら、嫌われたって構わん。柔兄が私の言葉で傷付いて、ほして私を憎んだってええんや。

ただ柔兄の中に、私という存在が確率してれば充分。ほんま、私の想いは歪んではる。そんな私なんか放っておけばええのに、何で優しくしくするん?なんで、私に夢を見させようとしはるの…?こんなん、私にとっては拷問にしかならへんのに。



「名前……何で御前は誰にも頼らへんのや。そないに俺は頼られへんのか?」

「…何を突然。てか離してぇや、柔兄には関係あらへん!」

「女はな、守られるべき存在なんや。そして男がそれを守る。せやから御前には守られへん権利があるさかい、守る権利がある俺に守らしてぇや」



揺らぎそうになる感情を押し殺して、私は自由の利く手で柔兄と距離を取ろうと試みたが、その行動は更にきつく抱き締められた事で虚しく終わった。私と柔兄の体格差では押しのける事はでけへん。

そんな事ばかり考えている間も柔兄は様々な言葉を口にしていった。その言葉達は全て、裏返せば私が原拠で私が仕組んだもので、柔兄が気負う必要は無いもんばかりやった。



「俺が言いたかったのはそれだけや。こないなに濡らしちまって、堪忍な。早う出張所戻に戻ろうや、な?」

「……止めて、謝れへんでっ!謝られたら、私が余計に惨めになるだけや。喋らへんで、私を一人にしてや」

「せやかて、」



その先の言葉を聞きたなくて、私は自分の口で柔兄の口を塞いだ。兄妹でこないな事をしはるなんて、絶対に許されへんと判ってた。やけど今一瞬だけでええんや、今だけは兄妹やのぅて一人の女でありたかった。こら私の最後のワガママや。このキスを終いに、私は柔兄を想う事を止めるさかい。

それまでは、柔兄を好きなまんまで居させて欲しい。そないな事を思って口唇を離して目を開けた瞬間、私の視界がグニャリと歪んだ。不意に歪んだ視界に驚くも、成す術もなく……気付た時には目の前が真っ暗にならはった。そない私が最後に見たのは、柔兄が口元を歪めて笑っとる顔やった。




**




自分にあてがわれた任務を終えた俺は足早に出張所に戻った。ほんで先程の任務について書類をまとめ、湯呑みを片手に一息つく。そない時、窓ガラスの向こう側の異変に気付いた。お日さんは雲に隠れ、灰褐色の雲が空全体を覆う。暫くして、地べたに黒い粒が刻まれた。小さかった黒い粒は何時の間にか地べた全体を覆い、空から降り始めた雨が激しくなるにつれ、水飛沫も激しく飛んでおる。

そない風景を眺めながら、俺は「降られなくて良かった」と口にして、湯呑みの中のお茶飲んだ。あの日、名前の所にサキュバスが現れた日からもう三日や。名前が言うには、サキュバスは俺の事を狙っとるらしい。だからなのか、上は俺に極力任務を回さないよう手配してはる。回されたとしても今日のような下級悪魔の討伐のみで、基本的に書類整理しか回されへん。俺に負荷をかけへんつもりらしいが、その気遣いがかえって俺には負荷やった。



「サキュバスかて悪魔や、そんで悪魔は倒すべき存在…。早よう倒さへんとなんにな〜」



一人、強気に出てみたが自分が虚しくなるだけやった。そんな虚しさを消し去るべく、俺はもう一度お茶を飲む。ほんでサキュバスが現れた時にどんな行動をすればええか…、その対処方を改めて考える事にした。古くさい文献やらなんやらを寄せ集め、サキュバスについて微量だったとしても載っているものは片っ端から調べとった。

その結果はこうだ。サキュバスの致死説は今のところ解明されてないが、元は西洋の悪魔ちゅう事もあって十字架や聖水による保護が有効であるらしい。当初はサキュバスの話を聞いとって、寝なければ現れまいと考えとった。だが、それは自分を弱めるだけやと物は試しに有効と言われている十字架を聖水に浸し、それを枕元に置いて寝る事にした。結果はまずまずや。十字架の御陰なのか、今のところサキュバスとの接触は一切あらへん。



「あれは、名前……か?」



そないな事を考え、不意に窓ガラスの向こう側を見据えた。外は相変わらず土砂降りやったが、そない中傘もささんとたや歩く人を見つけ、ほんでびっくりした。あれは確かに名前やった。それに気付いた俺は手にしとった湯呑みを机に置き、出張所の玄関に向かって走った。ほんで傘をさして、名前が歩いとった方角に向かって足に水飛沫が掛かる事も気にせず、再び全速力で走り出す。

そして先程居たであろう場所に着いたが土砂降りのせいで視界が悪く、なかなか名前の姿が見当たらへん。それに何故か無性に胸騒ぎがして心臓が逸りよる。居ても居られなくなった俺は、何時の間にか行く足は虎屋に向けて駆け出しとった。



(20110620)

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