インキュバスとは夢魔と称してはる悪魔の男性型であり、サキュバスはその女性型にあたる。インキュバスは睡眠中の女性を襲って悪魔の子を身重させる事を第一目標とし、サキュバスも同じように睡眠中の男性を誘惑して襲い、精気を奪う下級悪魔である。やけど、どちらも質が悪い事に、夢と夢を行き来しはる事が出来ると言われとる。その為、効き目のある結界は事実上は無く、予防策として複数人での行動を取る他無かった。

昔ながらの言い伝えでは、十字架を首から下げる事が効果的とされているが、実際は全く持って役に立たないらしい。そして更に厄介なのが、自分と性交したくて堪らなくさせる為に襲われへん人の理想の異性像で現れへんちゅう事や。その為、その誘惑を打ち勝つ事が非常に困難とされとる。ほんで最悪の場合は、奴等に身体を乗っ取られる事もある。



「編成はこちらで決めさして貰ってもええですか?」

「はい」

「……ほな奥村先生にはそこに居てる金造の隊で警備にあたって頂きたい」

「了解しました。宜しくお願いします、金造さん」

「こちらこそ改めて宜しゅうな、若先生」

「そして名前は柔造の隊や。御前には竜騎士の称号があるさかい。詠唱騎士の補佐に回れ」



詠唱騎士は詠唱時に手薄になるから、という配慮なのだろう。だがこういう時に限って運悪くこんな展開を迎えるのは本当に勘弁して貰いたいものだ。それに竜騎士の称号は持ってはるんは私一人と言う訳やない。奥村君だって持ってはるからこそ、納得が行かへん。それに金造と私は二卵生の双子さかい、双子やからこそお互いの考えがだいたい判る。

お互いの考えが判るというのは非常に便利な事で、こうしたいああしたいを口に出さずともこなしてくれるという利点があるのだ。それは討伐時にもしかりで、そしてそのせいで普段は鈍い金造に家を出る事がバレてしまったのだが…。そんな事もあって、私が柔兄と行動を共にするより金造と行動を共にした方が理に叶っているのだ。それをお父に視線で訴えみるが、お父は「何や?不服なんか?」と言ったきり、そのまま口を閉ざしてしまう。



「なんが不服って、お父かて知ってる筈や。私と金造のコンビネーションは京都出張所一番さかい、何でそない私等を別行動させたいんや」

「…命令が聞けへんなら、御前は不要や。早ういね」

「何なんよ、それ」



売り言葉に買い言葉とはまさにこの事や。私とお父、互いが反発しあった事から、この会合はこの場で打ち切られた。

そして打ち切られたのを良い事に私は奥村君の片手を引き、金造によって無理やり連れられた実家を後にした。



「ホンマ、くろしいわ…」



遣り場の無い苛立ちを抱えて、私は大浴場に足を運んでいた。シャワーで身体をさっと流して、湯船に浸る。大浴場には他のお客さんの姿はなく、貸切状態だった。そんな時、不意に「気分を入れ変えるには風呂に入ってさっぱりしはるんがええんやで」なんて柔兄が言うとったのを思い出した。それを、きっかけに頭の中が柔兄でいっぱいになる。

あれから時間が経っているというんに、未だに辛そうな柔兄の顔が忘れられへん。「堪忍な」と一言が謝れば済むと判っているのに、素直じゃない私にはその一言が重くて、口にしはる事が不可能やった。だから今回の事は全てお父に責任転化しはる事で、自分を正当化させようとしとったんや。お父が酔っ払って柔兄に私の事を話したさかい、此処までギクシャクしたんや、と。



「あーあ。私もかなん奴やな」



最悪や、と口にした言葉は反響して全て自分の耳へと帰ってきはった。その浴場特有の反響音が更に私を虚しくさせる。虚しさを消し去ろうと、湯船に映る自分の姿を手でバシャバシャと叩く事で、歪めようとした。

このまま消えてしまえたら良いのに、と口にしようとした時、不意に視界が歪む。どうやら湯あたりを起こしたらしい。ゆっくりと湯船を出てシャワーを手に取り、私は冷水と掛かれた方に蛇口を捻った。そしてフラついていた身体に、冷たい水をさっと掛ける。頭を冷やすには、ちょうど良かった。



**



まだなんぼか湿った髪をタオルでガジカジとふきながら、自分にあてがわれた部屋のテレビに視線を向けとった。旅館の浴衣を肌に纏ってはいるが、最後に浴びたのが水だったからか少しばかり肌寒く感じる。

視界に写るテレビ番組を、特別見たいという訳では無い。只、無音の空間が私が耐えられへんかったからや。せやから不意に聞こえた声も、最初はテレビから聞こえる雑音やと思った。



「ねぇ、あの人の事が諦められないんでしょう?なら、強引にでも自分のものにしてしまえば良いじゃない」

「…何処から来はったんや」



ある筈の無い気配を感じ、その気配の出所である背後へ瞬時に目を向けた。驚く事に、そこに居たのは豊満な肉体を惜しげもなく晒すサキュバスやった。

その姿を間近で視認し、近くに備えていた拳銃を構え、サキュバスに標準を合わせる。だがサキュバスは余裕綽々と言わんばかりで、私に向かって妖艶に笑って見せたのだ。



「……サキュバスが、女の私に何の用や?御前は男を襲って精気を奪う悪魔やろ?」

「ええ、そうよ。そして¨今は¨アナタを襲えない」



今は襲えない。その言葉に違和感を覚えながら、顔には出さずにサキュバスを見据えて、私は人差し指を愛用の拳銃のトリガーにセットした。



「ねぇ、アナタが自分のものにする気が無いなら、私にあの人を頂戴」

「……?」

「アナタが愛するあの男の事。あの人、とっても美味しそうな匂いがするんだもの」

「…っ!」



そこで気付いた。こいつの、サキュバスの目的は私じゃない。柔兄や。それが許せなくて、私はトリガーを引いていた。

だが、サキュバスに浴びせた筈の弾丸はサキュバスを通り越し、旅館の壁に打ち込まれる。



「どうなっとるんや!?」

「アナタに私を殺す事は出来ないわ。じゃあね、名前」



また会いましょう。と言い残して、サキュバスは私の部屋から姿を消した。それと同時に私の部屋のドアが開く。

そこに居たのは隣の部屋の奥村君と金造、そして柔兄やった。


(20110608)

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