柔兄と喧嘩したまま謝る事もせず、正十字学園にやってきた。最初はなれへん環境に途惑っとったが、周りの優しさに助けられ徐々に自分の居場所が出来はったように思う。そないうちに突然、京都への出張が命じられた。

任務に同行しはるのは奥村君と私だけ。奥村君は私よりも年下せやかて、中一級祓魔師であり、その実力は共に任務をこなした際に目の当たりにしてはる。えらい頼りがいになる先輩や。そない奥村君とやってきたのは久し振りに訪れた京都やった。



「奥村君、今回の任務はどんな内容なんや?」

「インキュバスをご存知ですか?一般的に夢魔と呼ばれる悪魔です。そのインキュバスの討伐です」

「やてインキュバスっておなごが襲われへん悪魔でしょ?って事は私は囮になっと?」

「いや、そこは僕にも…。とにかく今回の任務では『虎屋』という宿にお世話になる予定なので、名前さん、道案内もお願いします」

「そうやね、行きまひょか」



今回、私達に命じられたのはインキュバスの討伐。与えられた期間は多くて二週間。それまでは坊の里『虎屋』にお世話になる。もう二度と京都に行くつもりが無かった私としては、今回の任務は引き受けたないモンやったが、任務とあらば仕方があらへん。

自分との葛藤に苦しみながら、『虎屋』までの道なりを奥村君と並んで歩いとった。途中、お気に入りやった甘味所に寄らしてもろて、坊の実母であり『虎屋』女将はんである虎子はんも好きや、と言うとったお団子をこうた。



「奥村君ってみたらしとあんこどっちが好きなんや?」

「そうですね…どちらも嫌いではないので、名前さんのお勧めの方でお願いします」

「ほな、みたらしな。ここのみたらしを食べたら、他の店のみたらしなんて食べられなくなるさかい」


ほい、と女将はんに渡すモンとは別にこうておいた団子を差し出す。団子は食べ歩きをしはるには向かいないちゅう事も忘れ、美味しい団子を食べて欲しさに手渡しとった。

そない団子を奥村君は「ありがとうございます」と言うて受け取り、口に含むなり優しい顔をした。美味しい?と聞けば「とても美味しいです」と言うてくれはる。



「奥村君はほんまにええ子やね。私、好きになるなら奥村君みたいな子がよろしいな」

「なっ…!と、突然何を言い出すんですか!!」

「せやかて、奥村君って強くてカッコよおて、ほしていておつむがええさかいし、」



奥村君は身近な男の子では好きなほうや。きっと私が柔兄の事を好きになってへんかったら、私は奥村君に恋をしとったかもしれへん。年下でなきゃ尚のこと。それに人は常に無いもの強請りをしはって生きとる。

こうやったらええ、ってゆーのはみな自分が成し得へん事ばっかりや。未だに私は柔兄の事が諦められてないのが良い例や。何時までもズルズルと引き摺り続けとるさかい、口上は想いとは正反対の言葉を並べる事くらいしか許されへん。



「それで僕が本気にしたらどう責任とってくれるんです…?」

「そうやね、責任とって奥村君のお嫁はんとかどうやろか?」

「お嫁さんって…名前さんってよく物思いにふけているから、どこかに好い人がいるのかと思ってましたが…」

「私も恋しはる女子さかい、奥村君に恋してはるんよ」



なーんてね、嘘。と笑いながら隣に並んでいた奥村君と少し距離をとるようにして歩くペースを上げた。私がしてはるのは遠距離恋愛ではあらへん。

一方的で、けして叶わん片思いや。せんど言い聞かせとったからか、自然と頭の大半はそれが占めとる。






「こんにちわ、虎子はん。暫くの間、こちらでお世話になります。よろしゅう頼んますえ」

「おこしやす、って名前ちゃんではおまへん、久し振りやな」

「そうどすなぁ、坊の御付として御挨拶した以来や。あとこれ虎子はんが好きな団子さかい、良かったら食べて下さい」

「まあ、わざわざこうてきてくれたんか。おおきに」



虎子はんと坊について奥村君を交えた会話をしはって、今回の居住地ともなる部屋に案内したもらった。私と奥村君の部屋は隣り合っていて、いざって時には直ぐ駆けつける事が出来るよう配慮されとる。私は自分に宛がわれた部屋に一足早う入り、手荷物を置いて一息つく事にした。フェレスト卿より支給されたコートを着たまんま、畳の上に大の字で寝転がる。そないしはる事で、自然と天井に目がいかはった。

暫く閉じとった目を伏せ、今後の行動について考えた。インキュバスの対応策はあたり前やけどの事、夢を行き来しはると言われとるインキュバスには効果がおますかは判れへん結界やらなんやら、とやる事が多すぎる。抱えた問題の多さに大きな溜息をついて、私はさっきまで閉じとった目を開けた。



「なんや、しんどいんか?」

「な、アンタ何時からおったん!?」

「名前が来はるってのは聞いとったさかいな、脅かさなと思ってたんや」

「つまり最初から言うんかい、金造のドアホ。そないやから廉造かて馬鹿にしはるんよ。金兄のドアホってな」

「廉造には後で梅干したるわ。…そないいえば、お父と柔兄が御前等のこと心配しとったで。会いに行ってやればええんとちゃう?」



目の前に突然現れたのは、私の双子の兄の金造のモンやった。ほんで会うなりお父と柔兄に会えと言いはる。私はその二つの名前を聞いて少し顔色が曇った。あたり前やけど、馬鹿な金造はそない私の様子に気付く気配すら見せへん。不意に口を開いて「会う気はあらへん」と告げてみるが、金造も金造で「そんなら引き摺ってやて連れてく」と言うて、急に私の腕を掴み上げた。

ほんで抵抗も虚しく連れて来られたのは、表札に志摩と書かれた我が家やった。ほんで玄関に入るなり無造作にブーツを取っ払い、居間を通り抜け、通された場所はお父の書斎。そこには驚いた顔をしたお父と柔兄、ほんで奥村君の姿があった。



「こいつ、誰や?」

「こいつ言うなや、ドアホ。こちらは私が向こうでお世話になってる上司、奥村雪男君」

「初めまして、奥村雪男です」

「で、このドアホがうちの双子の兄、志摩金造。奥村君もドアホって呼んでやってな」

「ええっと…」

「金造、名前。無駄口ばっか叩いてへんでさっさと座れ。こっちゃは大事な話の途中なんや」



邪魔しはるなら去ね、と眼孔鋭くお父に言われてしもたら黙るほかあらへん。開きぱなしやった障子を後ろ手に閉め、奥村君の隣に金造と並んで正座しはった。ほんで軽くなりを整えて真正面に居るお父の目を捉えた。それと同時にお父の口が開く。

京都で起こったインキュバスの被害は現時点で女性3人、男性5人。被害の大半が男性さかい、今回はインキュバスやなく女型のサキュバスでは無いかと言う憶測を立て、そして今回の討伐についての会合が始まった。



(20110529)

x ::
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -