私は好きになってはいけない人を好きになった。最初は、只の憧れだったのだ。只、純粋にこの人のような払魔師になりたいという憧れ。そんな憧れが、気付けば恋情に変わっていた。恋愛をするのは自由。だけど、私の場合はそんな簡単な言葉では片付ける事は出来なかった。

それもその筈。私が好きになったのは、血の繋がりのある実兄なのだ。でも、想いをひた隠しにして過ごす日々も今日で終わり。私は正十字学園で払魔師として学びたいと兼ねてから言っていた坊、子猫丸、そして実弟の廉造の付き添いで関東に赴くことになったから。



「おう、こんなとこで何しとん?」

「…柔兄」



そんな事を考えていたら不意に柔兄がやってきた。何てタイミングの悪い男や、と内心思いつつ、体は正直なもので、柔兄が近付く度に徐々に早まる鼓動。我が家の庭先で物思いにふけていた事に後悔すると共に、ほんの少し期待した。柔兄の事だ。もしも、なんて事が起こる筈が無いのに。それにしても今日の私は注意力散漫らしい。

今日はほんと散々やった。錫杖は落とすし、焦ってジャム(弾詰まり)させたり、必要書類はミスばかりだったり。そして自分だけの家では無いのだから、柔兄や金造、廉造が来る可能性があるという事を想定してなかった。ほんと、散々や。



「凄い形相しとったで。ほら、眉間に皺が寄ってる」

「うっ、」



不意に柔兄の両手が私の両頬を掴みあげた。そして、直ぐに右頬を掴まれていた手は離され、その右手の人差し指は私の眉間に押し当てられている。

皮膚と皮膚が触れ合った途端、心臓が破裂するじゃないかってくらい高鳴った。そして同時に、何で私達は兄妹なんだろうって。私が天の邪鬼じゃなく素直なら、何か違ってたんだろうか、とか。そういう事しか浮かんでこなくて、私は考える事を止めて柔兄の手を振り払った。



「柔兄には関係あらへんさかい。余計な御節介せんといて」

「なんや、名前。まるで反抗期のガキみたいやな」

「うっさい!ほんま、柔兄は空気を読まれへんねん。最悪や」



ほんとちびっとくらい空気読んでくれたってええやん、と後に続けると、視界の端にある柔兄の顔が僅かに曇った。

こんな顔をしてる柔兄を見るのは初めてで、何故なのかは判らないが視線が逸らせない。



「なあ、御前……坊達の付き添いで一緒に日本支部行きはるんか?」



柔兄、と敬称を呼ぼうとした言葉は呼び掛けようとしていた柔兄本人によって遮られた。そしてその遮った言葉を聞いて私の身体は震える。

柔兄には私が日本支部のある関東に行く事は伝えてない筈だ。何で知ってはるん?と素直に言葉を口にすれば、「さっきお父が言うとった」と言われた。



「そないゆーことか。…ったく、お父も口が軽過ぎや。黙っといてって口止めまでしといたんに、こうも易々と言われんやったら誰にも言わへんと行ってしまえば良かったんかもな」

「……何でや、何で俺には言われへんのや。家族内で知らんかったのは俺だけなんやぞ?」

「……別に、私が柔兄には言いたなかった。柔兄だけやない、お父や金造にも言うつもりはあらへんかったんや」



泣きそうになるのをこらえながら言葉を繋いでく。途中で少し、声が裏返ってたがそれすらも訂正しないまま溢れ出る言葉をありのまま、一行一句変えずに音にした。

そしてはよ何処か行ってくれへんか、と最後の言葉を告げる。暫く何の言葉も返って来なかったが、不意に柔兄が何か言い始めた。最初は聞き取れなかったが、それは直ぐに驚くほど大きな声量で告げられた。



「何で御前は頼らんのや!そないに俺は頼られへんのか?」

「何でそないなるん?私は言いたない言うとるだけやん」

「普通、兄は頼るもんや!」

「うっさい、そないなこと知るか!ホンマ柔兄にはデリカシーってもんがあらへん。そんなん最低最悪のアホ兄貴やで」



自分自身の感情なのに、全く制御する事が出来なかった。本当はこんな事が言いたいんじゃない。好き、って言いたいだけなのに。

そんな簡単なことさえ許されない。それがとてつもなく苦しくて、溢れんばかりの想いの代わりに涙が目に溜まり始めた。



「なんやって…?よう聞こえへんかったさかい、もういっぺん言うてみ」

「何度かて言うたるわ。最低、最悪のアホ兄貴やってな!」

「名前…御前、本気で言いよったな」

「先に柔兄が言えって言わはったんやろ。勝手に逆ギレせんといてよ。そういうノリがむちゃくちゃウザイねん」

「名前、愛の鞭したる。目つぶって歯ぁ食いしば−−ッ!?」

「へーへー、ストップストーップ!柔兄も名前姉もこないな所でケンカせんといて」



何時の間にかヒートアップして会話が口論へと変わっていた。そしてついに互いが手を出そうとした瞬間、突如現れた廉造によって終止符を迎えた。

さっきまで溢れそうだった涙は、廉造の登場によって何処かへ引っ込んでいった。今回ばかりは廉造に感謝だ。



「名前姉、明日は早いんやしそろそろ風呂入って寝へんと起きられへんとちゃう?」

「その台詞、廉造にだけは言われた無い。まあええ、そないに言いよるなら今から風呂入ってさっさと寝たるよ」



はあ、と大きな溜息を吐いてから深呼吸をひとつ。不意に視界にチラついた柔兄の顔はとても不満そうだった。

罪悪感に苛まれつつも、その場を包む空気に耐えきれず、私は逃げるようにしてその場を後にした。



(20110520)

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