「もう一度言うが、わたしはお前を殺したくない」
「そう、それで?一体私をどうする気なの?連れ去って愛玩人形にでもするつもり?」
「それも良い考えだ」
「嫌よ、冗談は顔だけにして頂戴」
そう吐き捨てるように言ってやれば小平太は少し困ったような顔をした。確かに私は小平太が好きだ。そして小平太も私を好きだという。それは互いが互いを想い会っているということ。けれど私達はもう子供じゃない。子供にとって単純なことでも、大人にとっては非常に難解なことなのだ。
達観して生きてきたつもりだった私には荷が重い。自分の感情に、生き方に素直になれないのだ。出来ることなら何処かで遠い地へと連れ去って欲しい。愛玩人形でもいい。小平太が私を求めてくれるなら、なんて縋る様な考え方しか出来ない。
「名前が素直じゃないことは、昔からよく知っているからな」
「だとしても状況は変わらない。私は敵だもの」
「……相変わらず名前は融通が利かないのだな。だが、わたしは強引に連れ去ると言った筈だぞ?」
そう言うと小平太は私に向かって苦無を振り下ろした。痛みを覚悟して目を瞑ったが、痛みは無い。そっと目を開けると小平太が申し訳なさそうにこちらを見ていた。どうなっている、どういうことだ。状況が判断できない私はひたすら困惑する。
そんな私とは裏腹にどこか涼しげな表情を浮かべ、私の腕を引っ張りあげた。突然のことで頭が付いていかない私は成すが成されるまま気付いたときには小平太の胸の中で抱きしめられている。
「苗字名前は死んだ」
「……何を言っている、私はここに健在しているじゃないか」
「いいや違うぞ、ここにいるのはただの名前だ」
まあ、直ぐに七松名前になるんだがな。なんて茶目っ気たっぷりで言われても困る。さっきまで敵だっただろう。殺し合いをしていただろう。
なのにどうしてこうも切り替えが早いのか、それにさっきから聞いていれば私はお前に嫁ぐ前提じゃないか。
「しかし、勿体無いことをしてしまったな。髪は女の命というし」
そう言われてからふと頭が軽くなっていることに気付く。胸元まで伸びていた髪は肩よりも少し短くなっていた。先程振り下ろされた苦無は私の髪を切ったらしい。
そして私の髪を切ったことで苗字名前という忍は死んだという。何と強引な辻褄合わせなことか。呆れて溜息も出やしない。
「髪なんてどうでもいい。……本当に私を連れ去る気なの?」
「ああ、勿論」
「何時、私が貴方の寝首をかくかも判らないというのに?」
「そうならないように気をつけるまでだな」
なんて嬉しそうな顔をしてるんだ小平太は。嗚呼、気を引き締めていなければ私も釣られて微笑んでしまいそうになるじゃないか。それくらい雰囲気に私は飲まれているというのか。私も、堕ちたものだ。いや、寧ろこれでいいのかもしれない。
流れに逆らわず、流されるまま今日の私は昨日の私を殺すだろう。人の生き死にも今この時代では簡単に決まってしまう。忍なんてものは特に。所詮使い捨ての道具なのだから仕方が無いといえばそれまでだ。
「なあ、名前」
「何よ」
「わたしたちはきっと幸せになるぞ」
「……さあ、どうでしょう」
任務放棄、なんて我ながら聞いて呆れる。幸せに浸るなど私らしくもない。私は血塗れた世界しか知らないのだ。そんな私が殺戮の無い場所で生きていけるとは思えないというのに…それなのにどうしてか、まだ見えぬ未来に胸が躍る。
嗚呼、星が出てきた。雲は晴れ、今宵の空は澄み渡っているようだ。
2013/09/16
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