静まり返った空気の中、再び雲が月の姿を隠した。そして私達の姿が闇に紛れ込んだのをきっかけに、私は小平太が佇んでいる数十歩ほど離れたところに苦無を投げ込む。

それと同時に地面を蹴り、苦無を避けた小平太に向かってもう片手に所持していた短刀で切りかかる。だが小平太が簡単に切られてくれる訳もなく、私の振り下ろした短刀は小平太が持つ苦無によって弾かれ、後ろに飛ばされてしまった。



「小平太相手じゃ、そう簡単にいかないか…」



今まで相手にしてきた奴等とは格段に違う。圧倒的に私を上回るスピードとパワー。そんな小平太が本気を出せば、私なんぞ一瞬で容易く殺せる筈だった。

最初から彼に敵うとは思っていない。何度も切りかかるも交わされ、弾かれ、募っていくのは疲労感。一向に決着が付かないではないか。


「私達は敵、情けはいらない」

「わたしはこれ以上お前を傷つけたくないだけだ!」

「っ!?」



短刀と苦無が交わり、跳ね返されてしまった。それと同時に掴まれる忍装束の襟元。そこから間髪を居れずに引っ張られた私の視界は暗転し、身体は受身も取れぬまま重力によって背中から落ちた。

すぐさま立ち上がろうとしたが、それは敵わなかった。何時の間にか小平太が私の上で馬乗りになり、短刀を持つ手を地面に縫い付けているからだ。



「……何故、私を殺さない」

「殺す理由が無い」

「私は仲間じゃない、敵だ。殺す理由ならそれでいいだろう」



直ぐ傍に居るはずなのに月が雲に覆われているせいでその顔は見えない。だが、掴まれている腕から小平太の温もりが伝わり、見えなくてもそこにいると判って安堵する。今、小平太はどんな表情をしているんだろうか。

悔しそうな顔なのか、怒った顔か。そんな場違いな考えをしていると、不意に一粒の水滴が落ちてきた。目を細めるがやはり何も見えない。次々と落ちてくるそれは雨のようだった。


「泣いて、るの?」


無言の肯定とでも言うのか小平太は私の問いかけに何も言わない。互いが無言のままどれくらい時間が経ったのか…何時の間にか雲が晴れ、月がその姿を現した。月明かりに照らし出された小平太の瞳からしきりに落ちる涙が光る。

暴君と呼ばれた小平太がこんな風に泣くなんて私は知らない。それは初めて見た小平太の表情だった。そっと自由の利く手を顔へ伸ばし、瞳から溢れる涙を拭ってやる。それらの行動が意外だったのか、小平太が一瞬うろたえたような気がした。



「乱暴して、すまなかった」

「謝る意味がわからないわ」

「……わたしは名前が好きなのだ。ずっと大切に思っていた」

「だから?」

「だから、お前を殺したくない」

「そう、呆れたわ。三禁も忘れてしまったのね。それじゃあ忍失格よ」




そうかもしれない、と無理に笑う小平太を見るのは酷く痛々しい。だが、そんな表情すらも愛おしいと感じてしまう私は相当歪んでいるのだろう。

それに自分の事を棚に上げてまで三禁だなんて、忍失格なのは私のほうじゃないか。先に三禁を破ったのは私のほうだ。



2013/09/15


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