声が震えていないか心配だったけれど、先輩も鉢屋も誰もそのことには触れなかった。誰も何も言わず、私の耳に聞こえるのは七松先輩が男と交える刃の音だけ。

不意に少し離れた所に片膝をついていた鉢屋が私に近付きそっと右肩に触れる。そして傷口の状態を確かめるなり鉢屋は自らの袖を破り取り、私の肩口を締め付けた。



「……応急処置だ。今のわたしにはこれ以上何も出来ない」



その対応はとても有難いものだった。一体、どれくらいの時間そうして顔を下げていたかわからない。そんな長くは無かった筈だったが急に目の前が回りだした。右肩の熱は切りつけられた瞬間からずっと続いていたが、今ではそこに喉の奥から込み上げてくる気持ち悪さがついて回る。

どうやら毒の進行は着々と進んでいたようで、私の身体は徐々に自由を失っていった。手足は痺れ、全ての感覚が麻痺しだす。とうとう座っていることすらままならなくなった私の身体はゆっくりと倒れていった。地面まであとちょっと、といったところで隣に居た鉢屋が支えてくれたお陰で私は地面に寝そべる事はなく、今では鉢屋の腕の中。



「おい、しっかりしろ!」

「苗字!」




薄れいく意識の中、鉢屋の声と少し離れたところから伊作先輩や新野先生の声が聞こえていた。だけど既に呼びかけに答える力すら私には残っていなくて、徐々に重くなる瞼。

そんな私が最期に見たのは雷蔵を模した顔で眉間に皺を寄せている鉢屋のだった。







***



次に私が目を覚ましたとき、目の前には見知らぬ天井と心配そうに眉を下げている善法寺先輩の顔。それから善法寺先輩の後ろに一年生の乱太郎、伏木蔵の顔が見えた。私が起き上がろうと上半身を起こそうとすると、善法寺先輩から静止を促される始末。だが先輩を目の前にずっと寝ている状態というのも耐えられず、水が飲みたいと少々我侭を伝えた。

すると先輩は渋々承諾してくれたようで上半身を起こすことまでは許してくれた。そして僕が戻ってくるまでは安静にしてること、と私に釘を刺すなり先輩は部屋の外へと赴いていった。先輩を使ってしまって何処か申し訳ない気持ちを抱えつつも、私は上半身を起こした。右肩の痛みは未だ健在で、じわりじわりと広がっている。毒の方は解毒されたようだが、まだどことなく身体が麻痺しているため自分の身体なのに上手く動かすことが出来ないのが何だか変な気分だった。




「苗字先輩、お身体の具合はもう大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫だよ」



心配かけてごめんね、と笑いかけながら傍にいた乱太郎と伏木蔵の頭を撫でてやる。後輩はいいな可愛くて。くのたまの後輩たちも可愛いけれど忍たまの後輩たちも可愛いから困ったものだ。そんな私が彼等を部屋に持ち帰りたいな、なんて考えていると突如として廊下の方が騒がしくなった。

何だ、と視線を廊下側に向けると複数の足音が部屋に近付いているのが判る。余程慌てているのか気配を消すことすら忘れているようで、容易にそれが誰かということくらい把握できた。




「おい、名前が目覚めたってほんとうか!?」

「八左ヱ門、うるさい」



こっちは病み上がりだ、と皮肉めいて口にすれば八左ヱ門はほっとした様子を浮かべた。そしてふわりと笑うなり「ごめんな」と口にして私の傍にしゃがみこんだ。



「名前、あの実習の日から丸一日意識が無かったんだよ」

「でも良かった、ちゃんと目を覚ましたみたいで」

「兵助、雷蔵…」



心配してくれた三人にごめん、と私が口にすれば皆が口を揃えて「何のこと?」なんて言ってはぐらかす。人が素直に謝っているというのに、とぶすくされていると「友達なんだから心配して当然だろ」なんて八左ヱ門に言われてしまった。

それがどこかくすぐったくて私を落ち着かない気分にさせる。



「そういえば勘右衛門と鉢屋は?」

「あの二人なら昨日、学級委員長委員会で収集されたんだ。俺達もそれ以来は見掛けていないな…」




2013/10/15


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