何度と無く刃を交えても相手は一向に引く気配を見せない。軽くあしらわれているのが目に見えていた。伝令のためにと強引に学園へ向かわせた彼等は無事に先生方の元へ辿り着けただろうか、と今はそれだけが気掛かりだった。着々と削られていく体力。悔しいがこれ以上長引かせるのは無理だった。私は一旦後方へ引いた鉢屋に目配せし、鉢屋は胸元から煙幕を取り出した。

其れと同時に私は胸元に隠し持っていた焙烙火矢を取り出し、摩擦によって火をくべる。そして立ち込める煙の向こう側、相手が先程まで居た場所へと焙烙火矢を投げつけた。そして投げ付けるなり、私達は相手がいる方向とは正反対に駆け出す。



「大至急、学園まで戻るぞ」

「わかってる」



草木を掻き分け、学園へと目指す。先程の忍が追いかけてくる気配は今のところ無いが何時も以上に静か過ぎる森の中が、酷く不気味だった。



「……手加減されてたな」

「ああ。だが、あの場では逃げるのが賢明だった。そもそもわたし達は忍者の卵だ、プロの忍者の前で出来ることなど限度がある」



通常時のわたし達が二人がかりでかかって一か八かの大勝負といったところか、と鉢屋が皮肉めいて笑う。だがまさにその通りだと思った。今この状態では相手に一矢報いる事は難しい。そうしてようやく学園近くの小川に差し掛かった時だ。私は油断していた。そしてその油断が私に隙を生んだ。突如、左後方の茂みから手裏剣が放たれた。私達はそれを避け、鉢屋と共に木の上へと飛ぶ。

数数多の手裏剣をひたすら交わし続けていた時、何時の間にか鉢屋から離されていることに気付いた。だが気付いた時には既に遅く、私はあの男に背後を取られてしまった。そして背後で光る刃を視界に入れ覚悟する。



「…っ、」



ただ無我夢中だった。こんなところで死にたくは無いと、まだ死ぬわけにはいかないと。その意思だけが私の身体を動かしていた。振り下ろされる刃の動きを必死に目で捉えつつ足場の悪い木の上で身体を捻りながら男の足を蹴り払おうとした。だがやはり振りかざした刃の方が早かったようで、私の右肩は切りつけられてしまった。
ふわっと木の上から地面に着地して膝を折り右肩に目をやる。切りつけられた部分が深かったのか、右肩付近の忍装束の色が濃く色付いていた。切られた瞬間は鋭い痛みだったが徐々傷口が燃えるように熱くなる。厄介なことにあの男の持つ刃には毒が仕込まれていたようだ。



「おい、無事か!?」

「悔しいが、見ての通りだ」



仕込まれていた毒が即効性じゃないだけまだ良かったのかもしれない。

だが動き回れば動き回るほど、この毒は私の身体中を巡っていくだろう。



「万事休す、か。最期が鉢屋と一緒ってところが気に食わない…」

「…待て名前、そこはわたしで良かったと言うべきだろう」

「言うわけないでしょうに」



ほんと呆れる、と眉間に皺を寄せて溜息をつくと鉢屋は笑った。その時だ、木の上で佇みこちらを見る男を素早い影が襲った。

その影は六年ろ組の七松小平太先輩のもので、両手に苦無を構え次から次へ息つく間もなく攻撃をくり出している。流石六年生、それも暴君と呼ばれているだけあって押しが強い。一見、力任せにも思える七松先輩の攻撃だったが一打一打が洗練されているのが見てわかる。



「……鉢屋、苗字、よくここまで耐えたな。無事か?」

「あとは俺等に任せろ」

「立花先輩、食満先輩!」



そして私と鉢屋を護るように、目の前に立花先輩と食満先輩が佇んでいる。ただそこに立って居るだけだというのに、とてつもない安心感に包まれた気がした。嗚呼、何と頼もしいことか。たった一学年違うだけだというのにこんなにも私達とは違うのか。

心の何処かで出来ると思ったのだ、私達二人だけでもこの程度の現状ならばどうにかなるだろうと。けれど駄目だった。そんな悔しさゆえに私は顔を上げることが出来ない。自分の能力を過信して、隙を突かれて、無様に怪我をして…ああ、なんて馬鹿なんだろう。




「苗字、気を落とすな。お前はよく頑張ってたよ。勿論、鉢屋もな」



そういって食満先輩は私と鉢屋の頭を撫でた。大きくて温かい食満先輩の手が心地よくて、その手から伝わる先輩の温もりと優しさが涙を誘う。

私の精神面は既に限界だったのかもしれない。ただ強がっていただけだった。だから純粋に先輩方が助けに来てくれたことが嬉しかったのだ。




「先輩、わたしはもう先輩に撫でてもらうような子供じゃありませんよ」

「まあ気にするなって。お、そろそろ伊作が新野先生達と共にやってくる頃だ。もう少し辛抱してくれよ、苗字」

「…はい、」





2013/10/04


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