「…嗚呼、今思い出しても腹立たしい。ほんっと最悪」
「そうか?わたしにとってはとてもいい思い出なのに」
「…何よ、アンタまた私を馬鹿にしに来たの?それなら今すぐ帰って頂戴」
「まあまあ落ち着いて。きっと三郎は名前に会いたかっただけだと思うよ?」
「何それ、気持ち悪い」
「気持ち悪いとは失礼なヤツだ。雷蔵の言った通り、わたしは名前に会いたかったからこうして会いに来たというのに」
「余計なお世話。それから鉢屋、何度も名前で呼ぶのは止めてって言ったわよね?忘れたとは言わせないよ」
「なら、わたしも言った筈だ。わたしのことも名前で呼べと」
「嫌だ。呼びたくない」
いーっと威嚇していると後ろから突如として現れた八左ヱ門に口を押さえられた。女の子なんだからもう少し御淑やかにしろよ、なんて言われながら口元を覆う手は離してもらえたのだが、この鉢屋三郎という男が私の目の前に居る限り、この態度と喋り方を今後変えるつもりは勿論無い。それほどまでに私はこいつが嫌いなのだ。
あの演習から一年が経ち、当時四年生だった私達は五年生になった。あの後も忍たまとくのたまの合同演習は行われ、班の人数や演習内容はその時によって異なったが、それらはとてもいい経験として私の思い出の中に深く刻まれている。そして繰り返される合同演習を経て、同じ学年である忍たまの彼らとの親交も深まっていった一方、鉢屋との関係はあの時のまま。言ってしまえば、寧ろ悪化しているといったところだろうか。
「ん〜俺も名前を呼ばれるくらいは許してあげてもいいんじゃないかな、とは思うな」
「嫌だ。私は名を呼ばれたくない」
「それはあんまりじゃないかい?わたしは名前を好いているというのに…」
「アンタ胡散臭いの。その仮面染みた笑い方が特にね。嗚呼、虫唾が走る」
耐え切れなかった怒りのあまり、懐から隠し持っていた苦無を振りかぶろうとすれば、私の振り上げた腕を鉢屋はニコニコと笑いながら止めた。くそう、腹が立つ!と自由の利く腕を振りかぶって殴りかかろうとするも、自由だった筈の片腕でさえ今やこいつに捕まっているなんて。怒りと妬ましさが私の頭の中をいっぱいにする。そこから先はただ無意識だった。
足を一歩少し後ろに引き、反動をつけたと同時に地面を蹴る。そしてそこからの回し蹴り、となるはずだったのだが、慌てた八左ヱ門が私の背後から羽交い絞めにしてきたせいで阻止されてしまったのだ。鉢屋の頭上に当たるはずであったのに。
「ちっ、」
「え、ちょっ、舌打ち!?」
「八左ヱ門、今日の演習全力でやるから覚えてな」
「な、なんで俺!?俺は危ないから止めただけじゃん!」
「全く。名前は女の子なんだからもう少し、落ち着いたほうがいいよ」
ふわりと視界の端にふわふわの柔らかそうな黒髪が映り込む。この優しい声を私が聞き間違えるはずがない。
声の方向へ目を向けると、そこには少し困った顔をした兵助が立っていた。
「兵助!遅かったね」
「先生に呼ばれていたからな。あ、午後からの演習は札取りをするらしい」
「へえ〜懐かしいな」
「あの時と違う点が幾つかあって、まず第一に今回は二人一組で行うこと。次に今回は集めるべき出来札は先生によって幾つかの出来札の中から一つだけに絞られるということ。的が一つに絞られる分、前回のときよりも難易度は上がっている」
「そう?私はその方がやりがいがあると思うけど」
「でも危険度は増すんだよ?」
「危険は承知。私は行儀見習いとして学園に入ったわけじゃないもの」
私はプロの忍になるために忍術学園の門を潜ったのだ。
今更危険だからとこの世界から身を引くわけが無い。
2013/09/26
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