彼、鉢屋三郎という男の第一印象は非情に最悪なものだった。今を思えば私も少し大人気なかったようにも思う。けれど、それ以上にアイツの性質の悪さには驚愕だ。そう、あれは今から一年前のこと。当時、四年生だった私は自分が優秀な忍びであると少なからず自意識過剰気味に思っていた。だが、その考えが根本的な部分から覆されてしまう日がやってきた。

それが忍たまとくのたまで行われることになった、初めての合同演習の日である。見ず知らずの人間、それも男に会うとなると思うと少しだけ胸がざわついた。異性として意識しているとかそういう話ではなくて、男性と組む事になるとそれなりに気の使い方が変わっていってしまうからというもの。四年生ともなれば上級生に片足を突っ込んでいる。それもあって、悔しいが男と女では多少なりとも速さや力で差が出てしまうと推測する。



「今回の演習は三人一組で行います。組み分けは力が均等になるように既にこちらで決めていますので、呼ばれた者から班を作ってください」



今回が初めての合同演習ということもあって興奮と不安が交差してざわついていた生徒達が皆、凛と響く先生の声によって口を閉じ、身を引き締めた。今回の演習は裏裏山で行われる。三人一組の班を作り、各ポイントを回り札を集めるという至って単純なものだ。札は最初に各班ランダムで三枚渡される。また各所のポイントに隠されている札は一箇所に付き、一枚のみ。

それらの札を掛け合わせて花札の出来役を作っていく。演習の制限時間は本日の日暮れ。今の太陽の位置からして二刻ほどの猶予はある。各ポイントを回って地道に札を集めていくのもよし、他チームを罠にかけて奪い取るのもよし。言ってしまえば何でもありのサバイバルゲームだ。武器の所持や使用も許可されているが、許可が下りているのは刃を潰した演習用の安全なものだけ。また、今回は山ということもあって爆発物の使用だけは禁止となっている。



「次、鉢屋三郎。竹谷八左ヱ門、苗字名前」


名前を呼ばれ、待機列から一歩前に踏み出す。そしてまだ名の呼ばれていない皆から少し離れ、目と鼻先にある木に集まった。



「何故、わたしがハチと組まねばならんのだ…」

「なっ、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいだろう!?」

「それは雷蔵と一緒が良かったからに決まっているだろう。何を今更」



はあ、雷蔵…。と目の前の男は憂鬱そうに目を伏せた。この男が鉢屋だろう。そして嫌がられていた方が竹谷であると見た。

ひとまず挨拶だけは済ませておかねばならないと思い、そっと口を開き、なんとも味気ない挨拶の言葉を発したのは私から。



「苗字名前です。今日はよろしく」

「あ、俺は竹谷八左ヱ門だ。よろしくな!」

「わたしは鉢屋三郎」



よろしく、とそっぽ向かれた状態のまま挨拶をされたことに私のこめかみがピクリと動く。いや、待て。我慢するのだ。感情任せに暴走するのは昔からの悪い癖ではないか。落ち着け、気を静めろ。まだ演習前なのだからこんなところで関係を放棄してはならない。

怒りを静めようと私も視線を少しずらし、足元に目を向けた。あ、蟻だ…なんてくだらないことで思考回路を埋めて先程のことをリセットしようと試みるも、身体に纏わり付く嫌な視線に不快感を覚え顔上げると、鉢屋がこちらを見ていた。



「…何か?」

「いや、背が小さいなと思って」



そう言って私の前の居る場所に足を一歩踏み出したのは鉢屋だ。そしてクスリと笑い「足手まといにはならないでくれよ」と言って腰を屈めた。先程まで少し見上げ合わせていた視線が、今は一直線で交差する。

何なんだ、この人を見下し小馬鹿にした態度は。腹立たしいったりゃありゃしない。それに私は女子の中では身長はあるほうだ。ただお前がのっぽなだけだろう、馬鹿にするなと口に出そうとした時に目の前が灰色になった。



2013/09/17


x ::
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -