この世の中で、人間の脳ほど都合よく出来たものはきっとそうないだろう。だから言葉が通じる相手が居れば、それは記憶を共有する事が出来るんじゃないかと信じていた。

けれど自分が想像していたように物事は簡単には進んでくれない。クラスメートを疑いたくは無いけど、あの文字を知っている皆見が現段階では一番怪しい。



『こそこそと気にくわん!何者だ、出て来い!!』



向かいにあった校舎に着いて、周りに気を配りながらおずおずと薄暗闇の中を進む。校舎内は暗くて、かなり視界が悪い。そんな時に微かに聞こえたのは皆見の声で、この世界では耳馴染みの無い言語を使っていた。

間違いない。皆見は、私と同じようにあの世界で死んでこの世界で生まれ変わった人間。そう確信した瞬間、ほんの少しだけ足取りが重くなった。だけどここで引き返したくも無くて、聞こえた言葉を頼りに階段を駆け上り、最後の一段を上がった瞬間、タイミングがいいのか悪いのか、目の前に閃光が奔った。



「う、わっ!」

「田端!!?」



やばい、と思った。昔と違って私に魔法が使えるのかわからない。それに私は私で過去の彼ではない。だから以前のように俊敏に動ける筈も無くて、頭からスライディングするようにして地面に突っ伏してしまった。

チラリとさっきまで立っていた場所に目を向ける。そしてその瞬間、見なきゃ良かったと後悔した。さっきまで居た場所の直ぐ近くの壁は抉れ、コンクリートが床に散らばっている。あの魔法が自分に当たっていたら、確実に即死だ。






**



「う、わっ!」

「田端!!?」



攻撃魔法が眩い閃光となって俺に降りかかってきたため、俺は反射の魔法で攻撃をかわしていた。そんな時に声がして、声の方向に目を向けてみたらそこには同じクラスの田端が床に寝そべっていた。近くの壁が壊れている事から、どうやら巻き込まれてしまったらしい。上岡以外にも一般人がいたなんて、思わなかった。でも、そんなの俺の油断だ。ここは戦場ではない、学校なのだ。

一般人が居てもおかしい筈ない。寧ろおかしいのは魔法が使える異端な自分達だ。そして今の俺はベロニカじゃない。平凡な家庭に生まれ十数年生きてきたただの高校生、皆見晴澄。だから魔法が使えるなんて事、誰も信じやしない。魔法なんてファンタジーなもの、普通だったら使えない夢のまた夢のような代物だ。それがこの世界での“当たり前”のことだった。





**




「みっ、皆見!!」

「大丈夫かっ!?田端!」

「ご、ごめっ、私、逃げるっ」



きっとヒースだったら、この場で逃げる事なんてせずに皆見を助けるだろう。けれど私は何一つ力を持たない女子高校生だ。いや、違う。持っていたとしてもその力を使うのが怖いだけだ。力の強い高位騎士は魔法は無闇に放ってはいけない。

安易に使ったことで相手に与えるのはそれ相応の怪我、或いは死。そんなの考えたくもない。相手はもしかしたら学校の先輩、先生、クラスメートかもしれない。私はただ死ぬのが、死なせるのが怖いだけ。だから、逃げ出した。



「ごめん、ごめんね皆見…」



誰かを護れないって事が、こんなにも悔しい事だとは思わなかった。目の前で私は皆見を捨てたのだ。なんて最低な人間なんだ私は。

未だに最後の記憶が曖昧で、自己意識から思い出そうとすると酷く頭が痛くなる。まるで誰かが思い出すなとでも言ってるかのようだった。私はその痛みに耐えながら、誰にも合わないようにして学校から足早に逃げ去った。



(20110223)

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