「誰も動くなッ…!」
「!」
「なあ目黒。御前が田端を殺すなら、俺は王女を殺す」
「卑怯な!」
翔は私の幼馴染みで、生まれて間もない時からずっと一緒で。そりゃーたまに喧嘩する事だってあったけど昔から仲は良かったんだ。
だから心の何処かで、翔なら大丈夫だって思ってたのかもしれない。なんて自己満足。
「広木を離せよ、手嶋野。広木に人質の価値は無いよ。こいつはベロニカじゃあ無い」
「!?」
「ニセモノだよ。広木はでっち上げの王女だ」
「んな、だとしても今ここで言う事か!?せっかく目黒を止められる所だったのに!」
悠が手嶋野に捕らわれたり、何時の間にか皆見と春湖が教室に現れた事に直ぐには気付けなかった。私が皆見と春湖の存在に気付いたのは、皆見が翔に近付いて来た時だ。
皆見が目黒と視線を合わせてしゃがみ込む。そんな皆見の後ろには、心配そうな顔をした春湖が佇んでいた。
「目黒、御前はゼレストリアの騎士見習いだな。聞いての通りだ、ここに王女はいない」
「皆、見?」
「御前が守る主も城も、大儀も名誉もここにはない。だからもう、戦う必要は無いんだ」
「……う、うっ…う……」
皆見が翔に言葉を告げて、翔は吹っ切れたように泣き出した。翔が流した涙が私の顔に数滴落ちる。泣いていた翔がついさっきまで手にしていたペインティングナイフは、カランカランと音を立てて床に落ちていった。
身動きの取れないこの状況をどうしたら良いか悩んでいたら、仁科と手嶋野が私の頭上に現れ、仁科が翔を私の上からどかし、手嶋野が私の腕を引いてくれた事でようやく私の身体は自由になる。
「なあ、大丈夫か?」
「大丈夫だよ、仁科。心配してくれてありがとう。手嶋野も、ありがとね」
「ああ」
身体を起こして美術室の床にペタリとしゃがんで、二人に御礼を告げる。思っていたよりも身体にダメージは無かったのは良かったが、安心して急に立ち上がったのがいけなかったようだ。
立ち眩みがして、身体がふらつく。寸での所で、誰かの腕によって支えられていた為、何処かにぶつける事はなかった。これ以上のダメージはほんとごめんだ。
「田端、無理すんなよ」
「…手嶋野、ありがとう。助かったよ」
私を支えてくれたのは手嶋野だった。素直に御礼を言ったのに、何故だか判らないが、手嶋野は怪訝そうな顔をする。そして「しょうがねーな」と口にして、いきなりセーターを脱いで私に渡した。
それから手嶋野は私に背中を向けて片膝を付いてしゃがんでいる。再び困惑した声を発せば、手嶋野は何処か照れくさそうにこちらを見ていた。
「御前、さっき頭打ってただろ?ふらついてたし、このままおぶっててやるよ。だからセーター腰に巻け」
「別に大丈夫だって!こんなんで歩けなくなるほどヤワな身体って訳じゃないし、」
必死で拒否するが、手嶋野は私の否定を受け入れてくれない。そんな私達を見かねた皆見が、ちょっと離れた所から「こういう時くらい素直に甘えたら?」なんて、ニヤニヤしながら言うものだから余計に甘える訳にはいかない。
だって手嶋野は他のクラスの女子から結構人気があるんだよ?だからもし、私が手嶋野におぶられてるところを手嶋野の事が好きな女の子に見られたら何を言われるか…。そこまで考えて、ふと自分の考えが変な方向に向かっている事に気付いた。そして、少女漫画の読み過ぎだと、自分自信に突っ込みを入れる。
「田端、早く乗れ」
「……私かなり重いよ?」
「そんなんやってみなきゃ判んないだろ。御託は良いから早く乗れって」
痺れを切らしたのか、手嶋野が私に向かって鋭い視線を向けてきた。負けじと私も返そうとしたが、諦めて渋々手嶋野のセーターを腰に巻いて、手嶋野の背中に近付く。
そして自分でも何で言ったのかよく判らないが、「お邪魔します」と言いながら手嶋野の肩を掴んだ。その瞬間、
「うわっ…!」
急に身体がぐらついて、目線の高さが少し変わる。そこで足に体重が掛かってない事に気付いて、私は手嶋野におぶわれてしまったのか、なんて思いながら大人しく手嶋野の肩に掴まる。そして仁科が翔の肩を支えて歩き、それ続くようにして私達も美術室を後にしたのだった。
おぶわれるというものは、自分が思っているよりも更に恥ずかしいもので、手嶋野に密着するのも恥ずかしいが顔を極力晒さないよう、顔を伏せるようにしてくっ付いた。行く先は教室。つまり、私と手嶋野はおぶりおぶわれの状態のまま廊下に居る生徒の目に晒されている。
「…どうかしたのか?」
「な、なんでもない!」
早く教室に付けば良いのに、と愚痴をこぼしが、それは誰の耳にも届く事は無かった。
そしてこの後、手嶋野におぶわれたまま教室に入る事になり、その瞬間、クラスメート達が騒然としたのは言うまでもない。
(20110419)
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