「あのさ皆見、話が」



あるんだけど、と言葉を続けようとしたら誰かの携帯が鳴った。鳴ったのは話掛けていた皆見の携帯で、皆見は私に一言「ごめん」と呟いてから携帯の通話ボタンを押して耳に当てた。皆見は律儀だなーなんて思いながら其の様子を見守る。皆見に電話をしてきたのは上岡さんという人らしい。

病院から家に戻ったとも言っていたから入院でもしてたのかな…?生憎、私は上岡さんという人との接点が無いから判らなくて当然なのだが、どうも気になってしまう。気になる原因は、きっと入院というキーワードだろう。



「皆見は何処行ったの?」

「ん?ああ、晴澄ならさっき病院行くって言って帰ったぞ?」

「そっか。私、自転車の鍵抜いてないの思い出したからちょっと行ってくるね」



元井には悪いが、自転車の鍵ならちゃんとポケットの中に入ってる。嘘をついた事については心の中で謝る事にして、私は急いで階段を下りていく。帰るって事は、今なら皆見は一人の筈だ。こんな絶好なチャンスを、逃すわけには行かない。

階段を全部下りて、1階のロビーの前を通り過ぎた。そこで皆見と御堂の姿を見つけて身を隠そうか迷った。でも隠れなきゃならないほど疚しい事をしてる訳じゃないから、隠れる必要は無い。そう頭では理解しているのに、なかなか実行に移せないというのが人間の摂理だ。…多分。



「……さっきはごめん。出るな、って言われてたのに勝手なことして」

「そんなの、俺の方こそ。保身の為に、モトを見捨てるような選択をした」



こっそり聞き耳を立てて、状況を伺う。身を隠しているから二人の姿は見えないし、だから表情を見ることは出来ない。

だからどんな表情で会話してるのか私には判らない。だけど、何処か皆見の声が震えてるようなそんな気がした。



「…?それは別に当然じゃね?」

「は?」

「だって晴澄はベロニカなんだし、保身は最優先だろ。それが普通…」



鼓動が、激しくなる。皆見が、ベロニカ?でも、さっきは誰なのか判らないって言ってたじゃん。それにさっき悠がベロニカだって、記憶だって、ちゃんと…。

私はどっちを信じたらいい。現状で疑わしいのは皆見だけど、もし皆見が白なら悠は黒になる。其れはまた逆も然りで、どちらかがベロニカじゃない。偽者だ。




「それ、ほんと?」

「田端…!もしかして今の、聞いてたのか…?」

「正直に答えて、皆見は誰?」



これ以上、私の頭の中を掻き乱さないで欲しい。ようやく整理できた頭なのに、それを意図も簡単に乱していく。いきなり膨大な情報量を受け入れられるほど私は頭の出来が良い訳じゃない。

私は身を隠す事を止めて皆見と御堂の前に姿を現した。ぶっちゃけ、後先考えないで行動してる。もしもの時まで考えておけば良かったと、今になって少し後悔だ。



「…相手の名を聞く時は、まず自分の名を名乗るのが礼儀だろ?」

「そうだね、改めて名乗ろうか。私はモースヴィーグの騎士、ヒース・シュヴァリエ。さあ、次は皆見の番だ」




**





あっちの世界での価値観と、こっちの世界の価値観が交じり合う。それは混乱ばかりを招いて、良いことなんて起こしてくれそうに無かった。今の状況が良い例だ。田端が聞いてるとは思わなかった、っていうのは単なるいい訳だ。俺は完全に油断していた、只それだけのこと。だから聞いていたことに関しては油断していた俺が悪くて、田端に非は無い。

でも真っ向から向かってくるとは思いもしなかった。其処までして俺から、ベロニカの存在を確定したいのか。戸惑いが戸惑いを呼ぶなら、この時点で味方を増やしておくのも得策か…。そこまで考えて、考えることを止めた。またベロニカの見解で物事を見ている。俺は皆見晴澄なのに、もうベロニカじゃないのに。



「…相手の名を聞く時は、まず自分の名を名乗るのが礼儀だろ?」

「そうだね、改めて名乗ろうか。私はモースヴィーグの騎士、ヒース・シュヴァリエ。さあ、次は皆見の番だ」



ヒース・シュヴァリエ、俺はその名前を知っていた。そいつは掴み所の無い奴で、でも人間味があって、よく笑う奴だった。そして何故か俺が城を抜け出すと何処で見つけたのか着いてきて、早く帰れと急かされたのを今でもよく覚えている。

そう、あの頃は確かに幸せだったんだ。そんな些細な幸せが、長続きすると誰もが信じていて、それで…。



「ねぇ、田端。もし俺がベロニカじゃなかったら、どうする?」

「警戒する。あとベロニカの名を語った事の罰として往復ビンタ一発かな」

「それは嫌だな」



一見、田端の言葉は軽く聞こえるのに、その表情は少し冷たい。何時もの彼女とは正反対の人間が其処に存在していた。

俺がクスリ笑ったのを見て、顔をしかめた田端に「ごめん」と謝って大きく深呼吸をする。俺の隣に居る龍司は未だにオロオロしてて、其れを見て再び笑ってしまいそうになったのは内緒の話だ。



「でもさ、俺が素直にベロニカだって言って田端は信じれる?」

「…それは判らないよ。私はまだ皆見も悠も疑っているから。だから何か些細なことでもいいから可能性は欲しいって思ってる」

「そっか。やっぱり田端はヒースだよ、そういうとこ全然変わってないんだな」

「…皆見?」

「俺が毎夜抜け出そうとする何でか高確率でヒースに見付かって、よく戻れって怒られてた。まあ最終的に二人してリダに見つかって怒られるんだけど」

「それはっ…!」


夜の外出。何時も彼女は俺の行くところに現れ、其れを見つけた俺は部屋に返そうと必死になる。だが彼女が簡単に言うことを聞いてくれないから困ったものだった。最終的には部屋に戻そうとしているのにも関わらずとばっちリダに怒られる、というもの。其れはごく一部の人間しか知らない話の筈だった。

これで判ってくれるかな、と言った皆見にベロニカの影が重なる。ああ、これだ。皆見はベロニカだったんだ。それを実感して安堵したのか、目頭が熱くなって視界が歪む。



「えっ、ちょ、田端!?」

「良かった、やっと会えた」



良かった、ともう一度口にしてながら袖で涙を拭う。場所が場所なだけに、会話を成す事が出来ないため、詳しい話はまた後ですることになった。皆見がベロニカであるという確証が取れた今、皆見は白だ。それはつまり、悠が黒。悠がどうしてベロニカを語ったのか、それが判らない限り何とも言えない。

多分それを皆見も思ってて、だからそのまま泳がせたんだと思う。病院に向かった皆見の背を見送って、御堂と一緒に皆が居る部屋に向かった。御堂言うには、皆見がベロニカだということを知って居るのは御堂と春湖と都築、そして私の四人だけ。



「えりか、遅かったね」

「鍵の部分が錆びててなかなか取れなくてさ。悪戦苦闘してたら御堂を見付けたから、やって貰ってた!」



我ながらとても下手な嘘だと思う。嘘をつくのはそんなに得意ではないから、もしかしたら誤魔化せてないかも知れない。

そうだとしても、何だか少し後ろめたくて、その後ろめたさを隠すように嘘をつく。こんな時にポーカフェイスが出来ればどんなにいいか、つい無いもの強請りをしたくなった。



「…今の所10人か、もっと他にも居るんかね?」

「だと良いな!あたし会いたい人が…や、でも無理なのかな…。どうなんだろう、えへへ」

「…俺も」

「だよなー、もっとお仲間が欲しいよなー」

「つっかかんなよ、七浦〜」

「ハイハイ」

「それだけじゃなくて、どうして同盟を反故にして王女の城に攻め込んだのか、それを知りたい」

「……何、言ってんの?そんなのこっちが聞きてーよ!理由も知らずに戦争なんてアリかよ!」

「…私達は本国から攻めてきた軍に居たんじゃない。王子の近衛騎士だ、もともと城に居た方の」

「だから!その元々城に居た方が本軍からの軍を手引きして、城を攻略したんでしょう!?」

「誤解だ!あの時、俺達は何も知らされていなかったから俺達、近衛騎士もパニックだった!」



そうだよ、あの時の私達は何も知らなかった。何も知らないまま、死んでしまった。






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