手を伸ばせば届くと思ってた。なのに伸ばした手は空を掻いて、何にも触れる事が出来ないまま、気付いたら俺という存在は消えていた。次に目を覚ました時は既に私という存在になっていて、違う世界に困惑した。

護るべき主も、自分の意志で護りたいと思った女性も、何もかもが無い世界。何が、俺が護るだ。結局、自分は何一つ護れていなかったんじゃないか。そう思ったら何故だか泣けて来て、目頭が熱くなる。魔法を放つ為に構えていた手と逆の手で目頭を抑えてみたが、涙の勢いは収まらない。



「おい、やめろ!」



その言葉にハッとして声のした方を見たら御堂が居て、私の目の前に居た七浦の胸ぐらを掴んで詰め寄っている。何が起きたのか理解出来ないまま呆然と様子を窺っていたら、先程まで流れだしそうだった涙が何時の間にか引っ込んでいた事に気付いた。微妙に湿っている目尻を袖で拭って、自分で自分の頬を軽く叩く。

そして御堂と七浦の方に目をやると、何故か御堂と百花が手を取り合って喜んでいた。その状況が判らない私は元井に話を聞いてようやく理解する。御堂の前世が神官だった。だから同じ神官の百花との再会に喜んでいるのだ、と。



「あの〜前世の話してんの?」

「もしかして瀬々君も!?」

「俺、誰なのかは…まだよく判んねぇけどさ、でもアンタらの話てる事は何となく判るっつーか…」

「はーっ、もう驚かねぇぞ。例えクラス全員が、学校全体がそうであってもよ!」

「偶然でも何でもないのかもね!みんなベロニカ様のお城に集まった同士じゃない?だからまた同じように学校に集まったんだよ!」

「脳天気だな、西園は」

「すぐ暴力に走る男はキラーイ」

「嫌いで結構」

「おいおい小学生か御前ら」



さっきまでの険悪ムードは一層され、この場を包むのは穏やかな雰囲気だった。この雰囲気を生み出してくれた百花や御堂には感謝している。私ではこんな雰囲気にさせるどころか新たな反発を生んでしまう。先程までの七浦との状況が良い例だ。

流れが芳しくない方向だったから、無意識に悪い未来ばかり思い描いていた。でも、流れはどんどん変わっていく。楽観的な流れは嫌いじゃない。むしろ、好ましいく思える。






「ベ、ベロニカ様!」

「春湖!」

「晴澄!」



不意に聞き覚えのある声がしてそちらに視線を向ければ、春湖と皆見がいた。何故ここに?と少し疑問にだったが、そんな事を考える以上に春湖の発言に驚かされて、思考が停止した。

春湖がラザラサーレ家のリダであると名乗ったからだ。リダはベロニカ仕えの騎士で、その騎士が悠をベロニカと呼んで、悠がベロニカである事が確定した。なのに何で?と私の中の違和感は増すばかり。



「なあ、晴澄と田端は誰だったんだ?」

「俺は瀬々と同じで誰なのかはまだよく判ってない」

「ふーん。」

「で、田端は?」

「私は元井と一緒。ユージン王子に仕えていた近衛騎士のヒース・シュヴァリエ」



不意に元井から声を掛けられて一瞬、何の事か判らなかったがすぐさま状況を把握して、動いていなかった頭を動かした。そして改めてヒースの名前を口にしてから私は元井に手を差し出す。元井は一瞬狼狽えたが私の差し出した手を握り返してくれた。そして彼等と笑いながらも何故か疑問は消えてはくれない。私は何か大事なことを忘れてる気がする。それもかなり重大なことのように思うのに、其の疑問は私の記憶にもはや残っていなかった。

溜息を一つ落としてから、今までの流れを少し整理してみた。そこで七浦に謝らなきゃいけないのを思い出し、少し離れた所に立っていた七浦のもとへ静かに歩み寄る。そして「さっきはごめん」と素直に謝罪の言葉を口にした。そんな私を見て七浦は一瞬だけ目を見開き、自らの短い髪をグシャグシャとかいてから照れくさそうに顔を伏せた。そして私にギリギリ聞こえる声で「…俺も悪かった」と口にして背中を向けてしまった。



「ああ、でもゼレストリア人なのは確かだよ。美しく、聡明で、凛とした立ち振る舞い……時折こぼれる笑みは大輪の薔薇のよう!」

「そんなベロニカ様に仕える者の一員だったなんて、とても誇らしい!」

「そうだろう!光栄に思え」



状況が把握できないまま忽然と過ぎていく。前世という過去を共有する人間と言葉を交わしたことで、何か思い出しかけていたが其れが記憶として今思い出されることは無かった。重要な事なら、其の内思い出す筈。

だから今後、何があろうと感情的になるのは出来るだけ避けよう。魔法だって簡単に使っていいものじゃないし、使えばどうなるか判っているからこそ間違いを犯しちゃ駄目だ。ここは戦場ではなくて、平凡な世界なのだから。





「広木はさ、ベロニカ…様だった時の事、どれくらい覚えてる?」



瀬々の一声で皆が大部屋に戻ろうとしてた時だった。皆見の其の声が当たり一面に響いて、周りに居た人間の動きが止まった。勿論、其れは私自身も例外じゃない。その後の少し突っかかるような皆見の言葉に、再び違和感を感じた。

そこでハッとして、やっと疑問に思ってた事を思い出した。私が感じていた違和感、それは皆見だ。魔法や歴史が無造作に羅列されたノートの事といい、あの時代の言葉を喋っていた事といい、叩けば色々出てくるかもしれない。



「…ベロニカは14歳まで修道院で育ったの。その城には私と、近衛騎士3人、騎士見習い7人、一般兵16人、使用人15人が居た。皆見は其の中の一人なんだろうね。教会からは司教様と神官6人、御堂や百花達ね!そして、モースヴィーグ人」



モースヴィーグの名前が出た瞬間、不覚にも肩が揺れた。それを隠そうと身を引き締めて、悠に向ける視線が自分でも真剣になったのが判った。どうやらそうなったのは私だけじゃないようで、不意に視線を反らして隣を歩く元井を見れば、彼も同じように身を引き締めていた。

私の視線に気付いたのか、少し心配そうな顔をした元井と目が合った。しょうがないなーと、少し苦笑してから元井の背中を軽く叩いて「大丈夫だよ」と言ってやる。自分らしくないことをしてるからなのか、何だか少し気恥ずかしかった。



「ベロニカの結婚相手、モースヴィーグの第三王子ユージン。近衛騎士6人、使用人11人、総勢67人があの城で生活していた。覚えてる?」

「何となく、思い出してきたかも…」



3分と時間が掛からず部屋に着いた御蔭で、どのタイミングで皆見と話をするか考える暇が無かった。

自分でもらしくない考えをしてることに気付いているが、それくらい其の違和感は大きかったのだ。



(20110329)

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