星屑アプマーシュ




星が好きだ、と言っていたことを思い出した。

確かあの時は、満天の星空が浮かぶ部活帰りだった。辛い練習でヘトヘトの俺たちには空なんて見上げる余裕などなく、静寂にぽつりと赤司っちだけが呟いた。赤司っちはひたすらに空を見上げていて、表情など見て取れない。俺なんか空を見たって、ただ星が多いなぐらいしか思えなくて、やっぱりこの人は俺とは違うなと改めて思っただけだった。
赤司っちの瞳に映る星空はとてもきらきらで、まるで凝った夜闇を切り取ったように吸い込まれそうだ。ジッと星空を見続ける赤司っちのことを、ずっと見ていたい衝動に駆られた。赤司っちの瞳があまりにも綺麗すぎて、恐怖を覚えて、目が離せなくなった。

それから少しだけ、夜が来るのが待ち遠しくなった、そんな中学生の時。赤司っちの瞳が綺麗で、恐ろしくて、だからこそ綺麗に思えた、無力で愚かな中学生。たとえ無力でも、愚かなままでも、俺は、こうして立派に高校生になった。今もこうして愚かさを抱き続けているのなら、きっと何をしたところで、結果など分かりきっている。


星を見に行かないッスか。まさか、赤司っちが応じてくれるとは思っていなかったが。




「涼太。お前、体力落ちたんじゃないか?」

「む、無茶言わないでほしいッスよ…この坂道をノンストップで登ってるんですから、むしろ褒めてくださいッス…」


ぜえぜえと荒い呼吸をしながら自転車を漕ぐ黄瀬と、涼しげな顔でその後ろに乗る赤司。二人しかいない夜道には、小さな声でも十分に聞き取れた。ちょうど今自転車は坂道に差し掛かり、黄瀬は思い切りペダルをぐん、と漕いで、サドルから立ち上がった。
どうしてこうなった、黄瀬は赤司に見つからないように、こっそりとため息をついた。

赤司を電話で星を見に誘ったら、意外にも赤司は快く応じてくれた。断られるのを覚悟で言ってみたものだから、黄瀬は嬉しかった分少なからず驚いた。そして何より一番驚いたのが、この自転車だ。
黄瀬は、赤司と言う生き物は別の次元のような存在とさえ思っていた。自分とは別のものを食べ、別の場所で暮らし、全く縁もゆかりも無いような別の存在だと感じていた。勿論、自転車なんて知っているとは思っていなかったのだ。
だが、赤司は当たり前のように黄瀬の自転車の後ろに乗り、当たり前のように黄瀬に道案内をしている。なんともアンバランスな姿に、黄瀬は少しだけ赤司との距離が近くなったようなくすぐったさを覚えた。


「これ、どこに向かってるんスか?」

「いや、どこにも向かってはいない」


さらりと言いのけた赤司は、相も変わらず黄瀬に道案内を続けている。一瞬目が点になったが、黄瀬は構わず赤司の言葉通りに自転車を走らせた。


「迷子になったりはしないッスよね」

「大丈夫だろう。それに、迷ったところで死にはしない」

「いや、そうッスけど…てか、それで死ぬとか俺絶対やなんスけど!」

「それもそうだ。死にたくないのなら、僕の言う方へ自転車を進めればいいんだ」


とんでもない誤解を招きそうな言葉を聞いて、何故か「ああ、いつもの赤司っちッス…」など能天気なことを考えた。人ひとりいない、静かな夜道。星は暗闇に瞬いて、無数の光を放っていた。まるでふたりぼっちでこの世界から切り離されたような、ふわふわとした感情。背中を合わせるように後ろに座る赤司の背中から、ゆっくりと優しい音が聞こえる。
この人は宇宙から送り込まれた宇宙人で、本当は地球を侵略しようと目論んでるんじゃないのだろうか。昔青峰とふざけあった言葉を、不意に思い出した。ゲラゲラと笑う青峰に、となりで小さく吹き出す黒子と桃井。呆れたようにそれを見つめる緑間と、興味なさげに菓子袋を開ける紫原。赤司は、その場にはいなかった。

しかし今は、赤司はちゃんとここにいる。星空を見上げる赤司は宇宙人なんかじゃなく、黄瀬よりも小さな背中で、たくさんの重荷を背負う、見まごうことなき人間だ。自分も星空に目線を移すと、いつもよりも数倍、いや、数億倍はありそうな星々ばかりが存在を示そうと、大いに主張し合っていた。


「涼太は、この星空のようだな」


ぽつり、風が吹いたら今にもかき消されそうな言葉で、赤司はそう言った。黄瀬はその言葉に振り向かず、前を向いたまま笑って首をかしげた。


「暗い闇に無数に広がる、唯一で小さく、絶対的な輝きだ」


赤司も星空から目線を動かすことなく、右手を無数の星へと伸ばした。つかめるものは何もなく、ただ、冷たい風が肌を突き刺すだけ。赤司は上を向いたまま、体を黄瀬の背中に預けた。


「赤司っちがそんなこと言ってくれるなんて、きっと明日は雨ッスね」

「随分と失礼だな。僕だって、たまには人を褒めたりする」

「そうじゃなくて、赤司っちがロマンチストなことに驚いたんスよ」

「なるほど。涼太がモデルをやっているようなものか」

「ちょ、そこと同じっておかしくないッスか」


次の曲がり角を右。あとはもう、一本道だ。記憶より優しげな赤司の声を聞きながら、黄瀬はペダルを漕いだ。いつもよりゆっくりな風が、頬に触れて冷たく変わった。一度も赤司の顔を見ていなかったが、声が聞こえるだけで。触れた背中があたたかいだけで。それだけで、よかった。
赤司は黄瀬に背中を預けたまま、ただずっと星空を見上げていた。無数の星屑はまるでブラックコーヒーにダイヤモンドを散りばめたようで、不覚にも目を奪われた。自分の赤と黄の瞳にも、この星屑が映りこんでいるのだろうか。ちらりと黄瀬を見ると、黄瀬の瞳はひたすらに前へと向いていた。赤司はその背中に笑いかけながら、まばゆい星屑へと視線を戻した。



∴星屑アプマーシュ


abmarsch〔独〕 出発


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赤司生誕祭log






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