200回目ツェーゲルント




生徒青×先生赤


青峰大輝、こーこー一年生。学校を睡眠の場と確信し、日々任務達成のための努力を怠らない俺には、毎日必ず行う日課というものがある。


「赤司センセ!」


後ろから大声で呼ぶと、赤司センセはゆっくりと振り向いた。振り返った時の呆れたように笑うこの顔を見ると、やっと一日が始まったな、と思える。いつもは全くしないような全速力のダッシュで、赤司センセのとなりに駆け寄った。


「俺と付き合ってください!」

「大輝、もう少し時と場合と君の世間体と僕への迷惑を考えてからものを言ってくれ」


にこやかに微笑みながら、赤司センセはズバッと俺の告白を一刀両断した。よし、これで0勝199敗。明日も言えば、200回目記念だ。心の中でガッツポーズをしながら、赤司センセのとなりに並んでそのまま歩き始めた。赤司センセはため息をついたが、もう199回目のことなので諦めたようで、そのまま俺の好きなようにさせてくれた。


「あーあ、いつになったら付き合ってくれんの」

「その言葉を体育館に群がる女の子達に言ってあげるといい。きっと喜ぶよ」

「なんであんなキャーキャー騒ぐうるさいのに言わなきゃなんねえんだよ」

「少なくとも、簡単に彼女と言うものは手に入れられる」

「彼女はいらねえんだよ。赤司センセがいい」


赤司センセは俺がいくら真剣に言っても、はいはいと窘めて告白を終わらせてしまう。毎日毎日、ひたすらにこの繰り返しだ。むーと口を尖らせてむすくれていると、赤司センセは持っていたカバンで俺の頭を軽く叩いた。まあ、赤司センセの方が俺より小さいので、(赤司センセには絶対に言えないが)頭というよりも額に近い位置に鈍い痛みが走る。あ、これも199回目。途端に嬉しくなって、思わずヘラリと笑う。赤司センセ、と名前を呼ぶと、呆れ声でまたはいはい、と言ってくれた。


「赤司センセ。今日俺、放課後追試なんだけど」

「ほう、僕のテストで追試とはいい度胸だな。クラスの中じゃ大輝だけだぞ」

「あ、マジ?ラッキー」

「じゃあ、大輝には特別に三倍に増やしてあげよう」

「赤司センセがずっと教えてくれんならやる」

「嘘に決まってるだろう」


えーと声を上げる俺を無視して、赤司センセは後ろから追い越していく生徒一人ひとりに声をかける。みんな赤司センセのとなりに俺がいるのが当たり前になってしまったので、誰も気に止めずに赤司センセに丁寧なあいさつをしながら、足早に学校へと歩いて行った。大人しそうな女の子なんか、話しかけられただけで顔を赤らめてる。不快感がモヤモヤと残ったが、俺は大人な高校生なので口にも顔にも出さなかった。さすが俺。
赤司センセの嘘くさい笑みと作られた言葉を見ていると、やっぱりこの人も先生なんだなあと改めて思う。だけど、呆れたような笑い方の方が、赤司センセらしくて好きだなあとも思った。じゃなきゃ、こうして199回も繰り返してはこないだろう。俺だって馬鹿じゃない。馬鹿だけど。でもそういうことじゃなくて…あーもうめんどくせ。とにかく、


「赤司センセが先生らしくしてると、違和感しかねえよな」


そう、つまりはそーゆーことだ。これには赤司センセもびっくりしたようで、少しだけ目が見開かれた。ピタ、と赤司センセの足が止まったので、俺もその場に立ち止まった。立ち止まるのが遅かったので、少しだけ、俺の方が半歩前に出る。赤司センセの首にぐるぐるに巻かれたマフラーは、俺の髪と同じ青色だ。青色だけが木枯らしに吹かれてなびいていたので、赤司センセの小ささが一際目立った。
赤司センセは立ち止まったまま、ゆっくりと考える素振りをしていた。後ろから追い越す生徒にはあいさつをしていたが、にこやかな作り笑いが浮かんでいなかった。


「それは、大輝が僕のことを先生という対象で見てはいないからじゃないのか」


ぽつりと呟いて、赤司センセはそのまま歩き出した。足早に歩を進めるので、出だしが遅れた俺は駆け足じゃないと追いつかなくなってしまった。てか赤司センセ、めっちゃ足速いんだけど。慌てて追いついたら、赤司センセはまた俺の頭をカバンで叩いた。ぽすん、と額にじんわりと痛みが広がる。…え、今日で200回目達成したのかよ。
今度は俺の方が立ち止まると、赤司センセは不思議そうに俺の顔を下から覗き込んできた。何事かと見上げられているのが分かるが、今はそれどころじゃない。告白が199回目で、叩かれたのが200回目。なんて後味が悪いのだろうか。思わず、さっき叩かれた額を押さえる。赤司センセの瞳が、心配そうに揺れた。


「…なあ、俺今日もう一回告白していい?」

「はあ?なんだ、いきなり」

「俺、今すぐ告白しないと、絶対夜寝れねぇ」

「だからと言って、授業中はもっとダメだけどな」


立ち止まったままうだうだと押し問答を繰り返していると、赤司センセは呆れたようにクスクスと笑った。この笑顔も、一日で二回分だ。今日はすごくツイている気がする。あーあ、早くセンセと付き合えたらいいのになあ


「赤司センセ、好き」


赤司センセはそうか、と言って、またゆっくりと歩き始めた。先生らしくない小さな背中を抱きしめたかったが、ぎゅっと唇を噛んで思いとどまった。
赤司センセが、先生じゃなかったらなー。そうしたら、付き合えたかもしんねえのに。ぼんやりとそんなことを考えながら、赤司センセのもとに駆け寄った。明日で、201回目。



∴200回目ツェーゲルント


zögernd〔独〕 ためらって、ゆっくりと


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赤司生誕祭log






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