混沌たるセグエ




帝光


ふに、赤司の白く柔らかい頬に、紫原はおもむろに手を伸ばした。
スポーツマンとは思えないような色白さとふわふわとした柔らかな頬は、まるで甘く真っ白な綿菓子を連想させる。いきなりの紫原の行動に、赤司はきょとん、と紫原を対の赤の瞳で見つめた。その赤の瞳は、まるで人工的な光を瞬かせる大粒のストロベリーキャンディのようだ。思わず、何とも言え難い赤に目を凝らす。赤司の瞳の中にいた、何も取り繕うとしない無表情の自分と目が合った。


「どうしたんだ。これでは、部誌が書き終わらない」

「んー…赤ちん、美味しそうだなあって」


赤司は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにクスクスと笑いだした。紫原らしい、と目を細めて、手に持っていたシャープペンシルを机に置く。向かい合わせで並べていた机が、振動でがたりと揺れた。
怒って咎められたら、手を離そう。そう思っていた紫原だったが、赤司はふにふにとつままれているのを咎めようともしない。それどころか、いつもより幾分か楽しげに紫原に笑いかけた。紫原も何も言われないのをいいことに、滅多に触ることなどないような大変希少価値のある頬に指を立てる。人差し指の腹で赤司の頬を触ると、少しだけ赤司の顔が不格好になった。


「俺の顔は、そんなに面白いかい?」

「まあ、今の顔は面白いと思うけど」


制服のポケットから小さなキャンディをふたつ取り出し、ひとつは自分の口の中へ放り入れた。この甘さは、きっとストロベリーだ。甘ったるさが口いっぱいに広がり、コロコロと舌の上で小さなキャンディを転がす。もうひとつを赤司に差し出したら、遠まわしな物言いでやんわりと断られた。パッケージには、でかでかとした文字でグレープ味と書かれている。誰にも食べられることがなかったキャンディを空いている手で掴み、お菓子のゴミが散らばるポケットに戻した。


「赤ちんってさ、こーゆうお菓子全然食べないよね」

「人工的な甘さは好きじゃないからな。その飴玉も、絶対にいちごなど入っていないと断言できるね」

「俺も、これがいちごとは思ってないけどさあ」


赤司の言葉で、何だかこの甘さがひどく気持ちの悪いものに思えてきた。人工的な甘さ、と称されたキャンディに歯を立てると、ガリガリと音を立てて口の中で粉々になった。歯にまとわりつくような甘さはとても心地よいものだったのに、今はどうしても不快としか感じられない。キャンディの欠片を転がしながら顔をしかめていると、赤司はそれまで自分の頬に触れていた紫原の大きな手をそっと押しのけた。


「さっき、紫原は俺が美味しそうだと言ったね」


特に否定する理由も見つからなかったので、紫原は素直に頷いた。赤司はさっきまで紫原が触れていた頬で頬杖をつき、目元だけで笑った。


「じゃあ俺は、一体どんな味なんだろうな」


まじまじと、赤司の顔を見つめる。紫原は口の中のものを全て飲み込んで、考えるようにうーんと唸った。
赤司には決して、酸いも甘いも存在しないだろう。これだけは、紫原でも断言できた。なにせ、今まで一度も赤司を食料として認識したことがなかったのだ。これほどまでの未知なる味、というのもそうそうないだろう。
赤司は答えを促すように、ジッと紫原を見つめている。しばらく考えていた紫原だったが、やがて息をするように呟いた。


「しょっぱい、かも」


驚いたように目が見開かれ、そして、赤司は愉快そうに笑った。部誌はいつまでも手付かずのままで、まだ空白の割合が目立つページが風に吹かれてぱらりとめくられた。
口の中には、まだあとに残るような甘ったるさがじんわりと侵食している。帰るときに自販機に寄らないと、なんて思った。


「そうか。俺は、紫原の満足する味かい?」


赤司は、再び机に投げられていたシャープペンシルを手にとった。めくられたページを戻して、また空白につらつらと書き記していく。そんな赤司を見下ろしながら、紫原はポケットからグレープ味のキャンディを取り出した。


「だって、甘いのを食べたら、しょっぱいのも食べたくなんじゃん」


ころん、と舌の上で転がすと、ストロベリーとごちゃまぜになって、憎たらしいほどに甘かった。



∴混沌たるセグエ


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