ひとつめの終わり




宮←春


「俺、さっき宮地にフラれたんよ」


まるで、吐息とともに吐き出すような、普段と格段変わりはない呼吸に上乗せされたような、そんな心地で、春日はへらりと笑った。言い終えてしまった春日は特に後をひかせる素振りなんて見せず、至って普通にケータイをいじり始める。だが、最も戸惑ったのは、いきなりそんなことを聞かされた福井の方だ。散々目つきが悪いだの睨んでいるようだのと言われた瞳を、これでもかと言わんばかりに見開き、言葉をなくして春日を凝視している。こいつは今、なんて言った?春日の言った言葉を理解しようと試みるが、中々自分の頭は状況を整理してはくれない。要領の悪い自分の脳内をひとしきり恨んだものの、どうにもこうにもさっぱり理解ができなかった。福井はなんて言葉をかければいいものかと考えたが、やはりそんな気の利いた言葉などかけられる訳もなく、


「……宮地って、女だったか?」


真剣な顔で発せられた福井の的が外れた返答に、春日はさすがにケータイから目を離し、きょとん、と福井を穴があくほど見つめ上げた。互いに見つめ合っているこの状況に、福井は何とも言えない気まずさを覚える。やがて、頭上にハテナマークを浮かべんばかりに呆けていた春日は一度吹き出すと、堰を切ったようにころころと笑い声を上げ始めた。福井はまだ訳がわからない、と言った様子で、笑い転げる春日に訝しげに眉をひそめる。涙まで浮かべる春日に、福井の脳内はもうお手上げ状態だった。


「宮地が女……っあーヤバイ、ほんっと福井最高、音声保存するからもっかい言って」

「もう二度と言わねーからフラれたってどういうことだよ」

「どういうって……別に、そのまんまの意味だしねぃ」


よっこいしょ、となんとも現役男子高校生としてはあるまじき言葉と共に、春日の視線は福井からそらされる。春日は重たそうに腰を持ち上げるが、ぴょんっと軽やかにその場から飛び降りた。ちなみにここは、階段を10と少し数えた、比較的汚れていない踊り場だ。春日は随分と軽々しく飛んだが、階段といえど10もあれば結構な高さがある。ふわりと目の前から消えた春日の姿に、福井はまたぎょっとして目を見開いた。思わず自身も立ち上がり、慌てて階段の下を見下ろす。春日はまるでいたずらっ子のように、にんまりと福井を見上げていた。


「宮地が好きだったから告白して、それでフラれただけ」


いつもと変わらない笑みを浮かべる春日が、福井には何か春日ではない者が春日を侵食しているように思えた。まずこれだけ散々ともにいて、春日が宮地を好いていたということにも驚いたし、それを知ろうとしなかった自分に憤りを感じたし、自分を抜かしたところでそんなやりとりをされていたということにも、どうしようもないやるせなさを感じた。まるで10と少しの離れたこの距離が、春日と福井の距離とでも言うような。春日が宮地に好意を寄せ、宮地が春日の好意を感じていた時、自分は何も知らずに二人と接していたのだ。福井が春日から話を聞かされた時、真っ先に思い浮かんだことは、年甲斐も無く確かな寂しさだった。まるで幼子のように、仲間はずれにされた、なんて馬鹿げたことが思い浮かぶ。これでもし、宮地も春日を好いていて、春日がフラれていなければ、自分はさらに寂しさを感じていたのかもしれないのだ。その事実に、よかった、と思っている自分がいることに福井はなんとなく苛立ちを感じた。結局は春日がフラれたところで、我が身の可愛さしか考えることができないのだ。


「俺、宮地のこと、すっごく好きだった」


にっこりと笑いながら言葉を繋ぐ春日に、福井はやはり何も言葉をかけてやることができなかった。


あのね、春日って、宮地が好きだったんだって


∴ひとつめの終わり




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