レイニー、雨が
「あーあ、雨止まないな」
「これじゃあ、いつまでたっても外に行けねえな」
「日向、昔から雨の日っていつにも増してイライラしてるよね」
「だって、こんなジメジメした空気の中に一日中閉じ込められてんだぞ。そりゃ苛立つだろうが」
「ふうん、そういうものなんだ。俺は別に、嫌いじゃないけどな」
「伊月昔から、雨降ってるとずっと窓にへばりついてたよな」
「まあね、見てて楽しいし。あ、でも俺、やっぱ雨上がりの方が好きかも。あの乾く前のアスファルトとか、湿ってるのに広がってる青空とか、すごく楽しいよね」
「相変わらずお前の感性が理解できねえよ」
「別に、理解されなくたっていいよ。価値観なんて人それぞれなんだし」
「あ、伊月拗ねただろ」
「拗ねてないし。別に、他人と感情を共有することに価値なんて見出してないし」
「まーたそういうかたっ苦しい言葉ばっか並べやがって…俺の国語の成績、お前知ってるだろ」
「ああ、中学生の新入生テストの時からすべて記憶済み」
「そっちはいいんだよ!!むしろ記憶から消せ!!!」
「はいはい。分かりましたよー」
「ったく……あー、そうだ。伊月、今日俺んちで夕飯食ってくだろ。冷蔵庫、空っぽなんだよ」
「え、まさかこの土砂降りの中俺にお使いさせるの」
「ちげぇよダアホ!!!午後には雨上がるんだよ!!!」
「ああ、そっか。わかった。雨が上がったら、一緒に買い物行こっか」
「あらぁ、順平くんこんにちは。こんな日にお出かけ?」
「あーおばちゃんこんにちは。夕飯の買い出しっすよ」
「まあまあ、偉いわねぇ。あら、俊くんじゃない。久しぶりねぇ、こんなにかっこよくなっちゃって」
「あ、お久しぶりです。今日は日向の家に遊びに来てたんです」
「いいわねぇ、いつまでも仲良しで。小学生の頃、毎日二人でこの道を走り回ってたわよねぇ。おばさん、ちゃーんと覚えてるわよ」
「そうでしたっけ?確かに、昔は毎日のように日向の家ばっかり行ってましたからね」
「俊くんったら、最近全然姿見かけないんだもの。たまには、おばさんにも顔見せに来てちょうだいねぇ」
順平くん、俊くん、今日は駅前のスーパーより、公園のそばのスーパーの方がお肉は安いわよぉ。
間延びしたおばさんの言葉を背に受けて、気恥かしさを感じながら公園のそばのスーパーへと足を進め始めた。近所に住んでいるあのおばさんは、昔から感じのいい伊月をえらく気に入っていた。後ろを振り向いて軽く会釈をする伊月に、おばさんは目尻を下げてニコニコと手を振り続けている。伊月は何とも言えないような表情を浮かべながら、戸惑ったように手を振り返していた。
「あのおばさん、相変わらずだな」
「おばちゃん、昔から伊月のこと気にいってるかんな。久々だろ、いつまで経っても手ぇ降ってんの」
「うん、これいつまで振り返してればいいのか、未だにわかんないんだよね」
「もういい加減いいだろ。さっさと行くぞ」
もう豆粒ほどの大きさでしかないが、いつまでもおばさんが伊月に向かって手を振り続けているのが見える。俺は少しだけ早歩きになって、困ったように苦笑いを浮かべる伊月の手を引いた。あ、と小さい声が伊月の口から漏れて、なんとなくむず痒いような、変な心地がする。少しだけ振り返って、伊月の顔を覗き込んだ。伊月は驚いたように目を瞬かせていたが、目が合うと、小さく目を細めた。
「日向、ひゅーが。俺、今日ハンバーグ食べたい」
「ひき肉たけーから却下。別なの」
「俺も半分だすからいいよ。ハンバーグにしよ」
「なんなのお前のそのハンバーグにかける熱情……」
「よし、じゃあ今日はハンバーグで決定ね。公園のそばのスーパーの方が肉安いんだろ?」
「はいはい、なんでもお好きにどーぞ」
やった、と嬉しそうに顔を綻ばせる伊月は、昔の伊月を思い出すような優しい笑みを浮かべていて、なんだかどうしようもなく懐かしい気持ちでいっぱいになった。伊月も、俺も、おばちゃんも、この町も、昔から何も変わっていない。伊月が歩くたびに、ぱしゃぱしゃと水たまりが飛び跳ねる。眩しそうに雲の隙間を覗く伊月が、やけに眩しく映った。
∴レイニー、雨が
title:自慰
――――
遅れながらも日月の日おめでとうございます
<<