嗚呼我が愛し君よ




死ネタ



萌黄を称える新緑を、穏やかな日の光が淡く照らしていた。

森山はそんな柔い緑を見上げ、またたく間に広がる眩しい光に目を細めた。まばゆいほどに緑を謳う古い木々たちは、何年経っても変わることのない慈しみさえ感じさせる。たおやかな春の風が吹き抜けると、さらさらと音を立てて緑の葉を地面へと落とした。落ちた緑を踏みしめて、森山は先へ先へと進んでいく。記憶の欠片となんら変わりない、永遠の憧憬。こんな柔い場所は、彼が眠るにはぴったりの場所だと思った。

ずっと緑を進んだ先に、少しだけ広がった場所を見つけた。道と呼ぶにはふさわしくない、自然のみで構成された道の先を見つめていると、チチ、と小さい動物の鳴き声のような音が耳をかすめる。これは、野ねずみか、もしくは狸かもしれない。手に持つものをぎゅっと握り締めると、思わず顔が綻んだ。一歩一歩、踏みしめるように、淡い緑の間を歩いていく。ずうっと空まで伸びた木々の隙間からは、金色の木漏れ日が広がっていた。

少しだけ広がった場所は、眩いほどの光で、特別に淡く包まれているようだった。森山はゆっくりと、その光に足を踏み入れる。一瞬だけ、視界が金色で覆われたが、やがて目も慣れてしまい、やんわりと視界が開ける。森山はそっと瞼を上げ、そして、そこに存在するにはいささか異質なものを視界に捉えると、ゆるやかに微笑んだ。


「伊月くん、久しぶり」


辺りを覆い尽くすほどの新緑の真ん中に、異質な黒い石碑が鎮座していた。何か文字が刻まれているらしい石碑は随分と古びていて、ゆるゆると真緑の蔦が張り巡らされている。森山はその石碑を愛おしさを帯びた瞳で見つめると、ゆっくりと石碑の前に跪いた。それまで両手に持っていた花束を石碑に掲げ、やんわりとした手つきで蔦に指を走らせる。春の風はあたたかく、吹き付けたところでそこには幸せと喜びしか生まれない。頬に触れる風を感じながら、古ぼけた石碑の文字をなぞった。


「やっと、見つけたよ。随分と酷い話だ。俺のことなんて知らん顔で、君はどこまでもひとりでいることを好いている」


昔から、そうだったね。思いを馳せるようにぼんやりとした瞳を浮かべながら、文字の読めない石碑を手のひらで擦った。しなやかで傷一つなかった指が、泥と汚れにまみれ、蔦で皮が切れ、黒と赤に染まっていく。森山はそんなことまったく気にした素振りなど見せず、ただひたすらに石碑を擦っていた。


「ああ、なんて冷たくなってしまったんだろうね。昔手を繋いだ時は、あんなにあたたかかったじゃないか。俺の方がいつも冷たくて、いつもその手を繋いでくれていたじゃないか」


はらり、森山の前に、新緑の葉が舞い降りてきた。森山はそれまで動かしていた手を止めると、跪いていた体を起こす。懐かしき記憶と冷たい石碑は、自分の思い描く理想とは当てはまることはない。自分の美しかった手の代償となった、黒の光沢を放つ石碑。芯の通った黒は、ここに眠る最愛の人の強い意志をも秘めているようだった。


「“我が愛しき人、永久の愛を誓い、ここに眠る”」

「“我が愛しき人、永久の別れを残し、果ての再会を誓おう”」


その時初めて、森山は自身が泣いていることに気がついた。もうすでに枯れ果て、永遠にあいまみえるとは思わなかった、頬に伝う自身の何か。森山は涙を拭うことすら諦め、ただ流れるままにその涙を流し続けた。

ゆるやかに流れる時と、穏やかな新緑に囲まれたこの辺鄙な地。優しく愛に満ち、慈しみを孕む風が吹くこの場所こそが、伊月俊というものが眠るにはふさわしいと思った。森山はその場に崩れ落ち、ただただもう会うことさえ叶わない愛しき人を想って涙を流す。この世界と天国の狭間のようなこの場所が、ずっと遠くなっていくようで怖かった。



嗚呼、我が愛しき人よ。もしこの世界が果てたならば、もう一度永遠の再会を誓おうか。



∴嗚呼我が愛し君よ


――――
森山さんならこのくらいやっても許されるかなと




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