甘い夜の引き金




伊月と森山は、ただひたすらに互いを見つめ合っていた。少なくとも、およそ5分はこの状態からぴくりとも動いていない。緊張感に包まれた暗い部屋と、張り詰められたような発せられる雰囲気。二人ともいつもよりもややこわばった表情を浮かべて、その場へと鎮座している。


森山は意を決したように顔を上げると、糸のようにピンと張り詰められた空気を壊そうと言わんばかりに、ふうっと軽く息をこぼした。カチ、カチ、カチ、と壁にかかる時計の針のみが、静かな部屋へ響き渡る。伊月は小さな静寂に耳を傾けながら、森山の黒曜石にも決して劣らない、夜を切り取ったかのような凝った黒の瞳を見つめていた。暗い部屋に森山の髪色と瞳は見事溶け込んでいて、すうっと白さが残る肌だけがこの部屋ではどこか異質さを感じさせる。森山も、伊月の流れるような黒髪と肌の白を見比べては、この部屋にはミスマッチだ、とひっそりと感じていた。今夜は月も出ていなく、窓の外を見ても薄ぼんやりとした黒と、他の家から溢れる人工的な光のみで非常に暗い。雲に覆われた暗い夜は、どこか頼りなさげなようだった。


しばし、互いの瞳から目線をそらさずにいると、やがて伊月がゆっくりと首を縦に振った。小さな動きに合わせて軽やかに揺れる黒色は、部屋の黒に溶け込む。森山もひとつ頷くと、そっと伊月の肩に手をかけた。森山の動きに合わせて、ソファがぎしり、と悲鳴を上げる。その音に伊月が肩を震わせたのが分かった。ぽすん、と軽い音を立てて、伊月の体はソファへと沈む。伊月の顔の上には森山の端正な顔があって、伊月は不思議な心地で、森山の真剣そうな顔を見つめていた。


カチ、カチ、カチ、秒針がやたらめったらと響いて、静かな暗室は煩わしささえ感じる場所へと変わった。森山はしばらく思いつめた表情を浮かべて伊月を真上から見下ろしていたが、やがて諦めたようにため息をひとつつくと、どさっと伊月の体の上へとのしかかった。いきなりの衝撃に、伊月からはうめき声が漏れる。森山はそんなことなどお構いなしに伊月のことを力いっぱいぎゅうっと抱きしめると、伊月の黒髪に顔をうずめた。


「……この、ヘタレ」

「……伊月くん、うるさいです。俺だって頑張ったんだから、褒めてください」


伊月を抱く力が、更に強まる。伊月は苦笑混じりにため息をこぼすと、自身の頬に触れる森山の髪を撫でた。森山はもう何も言おうとせず、そしてその場から動こうともせず、ただ伊月の髪に顔をうずめている。伊月と同じシャンプーの匂いが、森山の髪から香っていた。本当この人は、大事なところでいっつもこうなんだから。うつらうつらし始めた森山を見て、また今日もだめだったか、と伊月は暗い天井を見つめていた。



∴甘い夜の引き金




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