ぼくらはここにいたかった




とんとんとん、心地よく刻まれるリズムは、俺が幸せになるには十分すぎるほどの優しさを孕んでいた。俺よりもずっとずっとたくましく、筋肉のついたスポーツマンの腕。華奢、というわけではないが、それでもとてもしなやかで綺麗な手のひらが、とんとん、と規則正しく俺の背中をたたく。宮地サン、宮地サン、抱きついていた力をさらに強めて、ぎゅっとしがみつくと、背中に刻まれていたリズムがふっと途絶えた。宮地サン、なんでやめちゃうんですか。宮地サンの胸に頭をぐりぐりと押し付けて、少しだけ拗ねたように抗議すると、宮地サンはもう疲れた、と言って、今度は俺の髪の毛をいじり始めた。耳にかかるくすぐったさに、思わずケラケラと声をあげる。宮地サンは面白がってさらに髪の毛をくしゃくしゃにするので、せっかくつけていたワックスなんて効果は見込めなくなってしまった。痛いですってば、笑いながら言った言葉は、きっと宮地サンには聞こえていない。そうだよ。すっごくずきずき痛いんだよ。押しつぶされそうなくらいすっごく痛くて、すっごく苦しいの。でもね、どこも痛くないから。ぜんぜんなあんにも痛くないから、心配しないで。俺も宮地サンに回していた腕で、宮地サンの頭を思い切りぐしゃぐしゃにした。少しだけ変わった分け目を見ると、幾分かいつもより幼く見える。やったな、と宮地サンは自分の前髪をいじりながら笑って、今度は俺の頬をつねった。わあ、ストップストップ。ちょっと、宮地サンタンマ。ふたりだけしかいない部屋に、わあわあと笑い声ばかりが響く。小さな子供みたいな宮地サンの笑い方が、すっごく新鮮だなあって思って、見慣れた宮地サンの顔をまじまじと見つめた。目鼻立ちの整った顔はやっぱり誰もが認めるイケメンで、ちょっとだけずるい、と頬を膨らませると、宮地サンはちょっと困ったような、照れたようななんとも言えない表情を浮かべた。その表情がおかしくて、俺がまた指を指して笑うと、物騒な言葉とつり上がった目とともに俺の額にデコピンが落ちてきた。宮地サンのデコピンは効果抜群で、俺はすぐ悶絶することになる。ああ、痛い。宮地サン、それ超痛いわ。だって俺、泣いちゃいそーですもん。宮地サンはまた笑ったので、また俺も仕返しをした。小さな部屋からは、ふたりぶんの笑い声が鳴り止まぬことなく響いていた。宮地サン、また明日も、ここで二人でいようね。ああ、約束。俺の髪を梳く宮地サンの手のひらは、さっきよりも優しかったような気がした。



∴ぼくらはここにいたかった


title:icy






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