まだ地球はまわってない




幼い花宮真は、俗に言う“いい子”に部類される、非常に優秀な子供だった。

天気がいい日は外で元気に遊びましょう。そう言われれば外に出て、活発に遊具で遊んだ。読書週間なので本をたくさん読みましょう。そう言われれば図書室に入り浸り、棚の本を片っ端から読破した。成績優秀運動もでき、人当たりもよく周りから慕われる。そんな花宮真と言う存在を、周りの大人達は口を揃えて“いい子”と褒め称えた。


そんな花宮に、先生はひとりの小さな男の子の手を引いてにこやかに話しかけた。花宮は黙々と砂の山を作っていた手を止めて、不審そうに男の子を見やる。男の子はきょとん、と不思議そうに花宮を見つめ、片手には絵本を持っていた。
みんなと一緒にお外に行かず、一人で本を読んでいるテツヤ君。先生は、そんな男の子を花宮の傍に連れてきたのだ。頭のいい花宮には、これが面倒事だとはっきりと分かる。まことくん、テツヤくんと一緒に遊んであげてね。にこやかに微笑み男の子と花宮の傍から離れる先生の後ろ姿に、花宮は思い切り舌を出した。

まことくん、か細い声で呼ぶ男の子を、花宮は乱暴に手を引いて砂場に座らせた。スコップを二つ用意して黒色のスコップを手渡すと、男の子は不思議そうにそれを触る。花宮がしびれを切らしたように砂をすくって山を作る様子を見せると、男の子も真似をしてとなりに小さな山を作り始めた。花宮は、自分よりも背の小さなこの男の子を確かに疎ましいと感じていた。男の子の小さな山に砂を被せると、男の子は少しだけ笑っていた。

二人の女の子が花宮に近づき、一緒にブランコに行こうと誘った。花宮は大してブランコが好きではなかったが、ここで断ると面倒なことになることをきちんと知っている。愛想のいい笑みを浮かべ、軽く頷きながら花宮は砂場を後にした。小さな男の子は、なんの感情も見て取れない顔で花宮を見上げていた。花宮は遠くから、そこで大きいお山を作ってて、と言った。男の子は小さく頷いて、黙々とスコップを動かした。


砂遊びもつまらなかったが、ブランコはもっとつまらない。きゃあきゃあと騒ぐ二人の女の子を横目で見ながら、花宮はきいきいとゆっくりブランコを漕いだ。どうせこのブランコを漕いだって、青いお空に近づけることはない。あの広い空は、もっともっと遠く、ずっとずっと広いんだ。ぼんやりと空を眺めていたら、ふと薄水の髪の男の子が気になった。どうせ砂遊びに飽きて、室内で絵本を読みすすめているのだろう。元々先生に無理やり外に出された子だ。遊び相手がいなければ、あの場所に残る意味もない。
だが花宮は、何故か無性にあの男の子が気になった。もしかしたら、まだ砂場にいるかもしれない。あの男の子をひとり取り残したことで、幼き花宮には生まれて初めて後悔というものが生じた。いきなり立ち上がった花宮に、女の子達は不満そうな声をあげる。花宮はそんな声を背中に受けながら、砂場へと走った。


幼い子供の全速力なんて、世界を通せばちっぽけな速さだ。花宮はちっぽけな速さで、思い切り走った。砂場までたどり着く頃には、はあはあと息が上がっていた。砂場の真ん中には、さっきよりも少しだけ大きくなった砂の山と、黙々と手を動かす記憶と変わらない男の子がいた。
花宮が砂場に入ると、小さな男の子は笑っておかえりなさい、と言った。花宮がごめんね、と言うと、男の子は得意げに笑って、砂の山を指差した。花宮は、何故だかとても泣きたくなった。花宮がスコップを持つと嬉しそうに笑う男の子は、自分が守ってあげなくてはいけないとさえ思った。


幼き花宮真は、確かにその日、愛情というものを知った。



∴まだ地球はまわってない


title:ことばあそび






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