やさしくないひと




「なんで。なんで。なんで小堀は、なんにも俺に言わないの」


言葉を急かして詰め寄る森山に、小堀は不思議そうに首をかしげた。どうしたんだ、と笑いかけると、森山はどこぞの野良猫を連想させるような鋭い睨みを送る。森山は小堀の小さな動作すらも気に入らないらしく、切れ長の瞳を更にキッと細めた。


「ねえ。俺さ、お前と付き合ってるよな。俺、なにも間違ってないよな」

「ちょっと落ち着け、森山。どうしたんだ?」


小堀は森山の肩を引いて、ぽんぽんとその肩を叩いて優しく窘めた。すると、森山の顔が酷く傷ついた表情へと変わる。肩を震わせ、音のない声を発する様は、まさに言葉を失った、なんて言葉が当てはまるようだ。俯いてしまった森山からは、感情など見て取れない。小堀はなお、訳がわからないとでも言うように森山の顔を覗き込み、そして、ギョッとした。森山の瞳からは、出し惜しげもなくぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
流れる涙を拭おうと小堀は手を伸ばすが、森山の手によってあっけなく振り払われてしまった。しゃくりあげもせず、声を発することもせず、ただただ森山は黙って涙を零す。小堀もそれに従い、ただただ黙って森山を見つめていた。


「小堀、さっき俺教室で女の子とキスしてた」

「ああ。この間、森山が可愛いって言っていた子だろ」

「あと、この間デートもしたし、家まで送っていってあげたし、おやすみなさいの電話もかけた」

「ここ最近で随分と仲良くなったんだな」


淡々と言う小堀に、森山は大きく目を見開いて、更に顔をくしゃくしゃにさせた。
泣いた。人の目など気にする素振りを見せず、森山は泣いた。イケメンだともてはやされた顔を破顔させ、年甲斐もなく頬が涙で濡れていく。ぼろぼろと零れる大粒の涙を、自分の手の甲で必死に拭った。森山はこんなに泣いているのに、鼻をすする音さえ全く何も発さないのだ。異常なほどの静寂は、まるで森山の存在がそこにないかのような錯覚を覚える。小堀は生理的に手を差し出したが、また振り払われることを考慮してすぐに戻した。森山はまだ、流れる涙を止めようともせずに泣いている。


「なんで…小堀は、俺になんにも、言ってくれないの。俺、女の子と浮気してんだよ」


怒れよ。浮気なんかするなって、女の子なんか見るなって、殴れよ。森山は矢継ぎ早に責め立てると、小堀の制服に顔をうずめた。じわりと制服が森山の涙で濡れ、むず痒い感情が小堀を取り囲む。小堀が肩を抱くと、森山は決壊したようにしゃくりあげ、声を上げてわんわんと泣いた。


「殴れよ。殴ってくれないと、俺の方が辛いんだよ…」


か細い声で幼子のように駄々をこねる森山に、小堀は何も声をかけなかった。ひっくひっくとしゃくりあげる森山は、腰に腕を回して小堀から離れようとしない。小堀が抱いていた肩から手を離すと、森山はびくりと肩を震わせた。

小堀は一瞬、離した手をさ迷わせた。そして、ゆっくりと森山の髪をくしゃくしゃに撫で回す。森山はきょとん、と顔を上げた。せっかくの整った顔が、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。小堀は森山の髪に指を絡めながら、優しく優しく笑いかけた。


「俺は、森山のことを怒らないし、殴らないよ」


小堀がゆっくりと笑うと、森山は唇を震わせた。ぱくぱくと口を動かして何かを話そうとするが、掠れて何を言っているか聞いて取れない。酷く傷ついた表情を浮かべる森山を、小堀は力いっぱいに抱きしめた。


「森山は、優しいな」


俺は、森山みたいに優しくはないんだ。抱きしめた腕の中から、小さな嗚咽が聞こえた。



∴やさしくないひと


英雄様に提出







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