ラブフィエーロ・ロマンスターン




幼なじみ赤黒と同じクラス火神


この学校には、有名な二人がいる。
生徒会長をやっていて人から絶対的な信頼を受け、何かと目立つことが多い赤司。特に目立つことはなく、むしろ人からあまり認識されにくい黒子。何もかもが正反対な、有名な幼なじみだ。同じクラスで非常に仲がよく、気がつけば二人一緒にいる姿が目立つ。朝は二人並んで登校し、移動教室も共にし、昼は机をぴったりと付けて弁当を広げる。家も近く部活も同じで、このふたりが離れている姿などほとんど見たことがないくらいだった。
単なる幼なじみなら、さほど有名にはならないだろう。珍しい組み合わせだが、そんな幼なじみは五万といる。だが、この幼なじみは――

いや、赤司は、単なる幼なじみでは終わらせようとしないことで有名だった。

随分と面倒なのに巻き込まれた。冷め切った目線でじろりと見上げ、今にも威嚇しようと言わんばかりに周りの空気を凍らせる赤司を、火神はうんざりとした思いで見下ろしていた。赤司は涼しげな表情を浮かべてはいるが、全身が怒りで満ち溢れている。そんな二人の様子を、黒子が不思議そうに見つめていた。


「火神、さっさとテツヤから離れろ」


赤司は言うなや否や、ずかずかと二人の間に割って入り、ベリっと思い切り二人の肩を引き剥がした。小柄な体の割には強い力で引き剥がされ、火神は情けなくも床に尻餅をつく羽目となった。黒子も反動でよろめくが、すかさず赤司が優しく腕を引いて抱きとめる。何なんだよこの差。てかその前に何なんだよこの状況。
腕の中で小さく礼を言う黒子を、赤司は緩む顔を抑えもせずに頭を撫でている。ぽかん、と呆気にとられてその様子を見ていると、赤司は冷め切った目でくるりと振り向いた。


「お前は距離が近すぎるんだ。それに、僕はお前にテツヤと話す許可を与えていない」


黒子を抱きしめながら憮然と言い放つ赤司に、火神はガタリと立ち上がった。赤司の黒子への溺愛ぶりはいつものことだが、わざわざ交友関係にまで口を出すことはないだろう。火神は赤司に詰め寄った。


「別に、赤司が口出すことじゃねえだろ」

「何を言っているんだ。近づく不穏分子は抹殺しておくのが、この世の理と言うものだ」


火神はつい声を荒げたが、それよりも遥かに威圧感のある声によってあっけなくかき消される。さも当たり前のように首を傾げる赤司に、火神の不機嫌など一気に削がれてしまった。げんなりとした気持ちで、未だ腕に埋もれている黒子を見遣る。黒子は息苦しげに、赤司の腕から顔をひょこりと覗かせた。


「火神くんすみません…赤司くんには火神くんはいい人だと言っているのですが…」

「そう簡単に人を信じるな。騙されているだけかもしれないんだぞ」


火神が答える前に、赤司がすかさず口を挟む。いやいや、誰がこんなの騙すかよ。騙して何の得があるっつーんだよ。喉まででかかった言葉を、やっとの思いで飲み込んだ。口をこぼしてしまった暁には、こいつの愛用のハサミが飛んでくるかもしれない。目線で謝る黒子に、火神は引きつった笑みでなんとか答えた。赤司はそんな火神などまるで眼中にないというように、ひたすらに腕の中にいる黒子に俺の危なさを伝えていた。誰も取って食わねーよ。黒子は笑って頷いてはいるが、ほとんどの言葉を聞き流している。こいつも食えないやつだよな、と火神は少なからず黒子に感心した。


「赤司くん、火神くんが困ってしまいますよ」

「別にあんな奴どうだっていい」

「もう、赤司くんってば…」

「そもそも、何で苗字で呼んでいるんだ。いつもみたいに征十郎でいいじゃないか」

「前にちゃんと、学校にいるときはそう呼ぶと言ったじゃないですか」

「ダメだ。そんなこと僕は許可をしていない」


プイとふてくされてそっぽを向く赤司は、まるで駄々っ子だ。天下の生徒会長様のあんまりな姿に、火神は軽い頭痛を覚えた。思わずこめかみを抑えると、赤司がギロリと睨んでくる。要は、僕のテツヤにこれ以上余計な心配をかけるな、ということだろう。現に黒子は、心配そうに火神を見つめていた。ああ、本当に頭が痛い。


「…てか、お前全部許可求めさせてんの?」

「そうだ。それの何が悪い」


剣呑な眼差しで噛み付こうとする赤司を、黒子がまた窘めた。その一言に、赤司は一瞬にしてぴたりと口を封じる。黒子は畳み掛けるように、次の言葉を繋げた。


「征十郎くん。僕、今日化学の教科書忘れちゃったんです。だから、隣のクラスの降旗くんに借りてきてもいいでしょうか?」

「降旗か…まあいいか。明日は忘れないようにするんだよ」

「はい、分かりました。あ、そうだ。さっき生徒会の方が征十郎くんを探していましたよ」

「生徒会?また、なにかトラブルでもしでかしたのか」


赤司は、名残惜しそうに黒子から手を離した。手を振る黒子を背中で受け止めながら、足早に走り去っていく。黒子を見る目は愛しげだったが、火神を見る目は今にも射殺すと言わんばかりの殺気で溢れかえっていた。
急にやってきては急に消えた嵐に、火神はただぽかん、と立ち尽くすしかなかった。


「火神くん、重ね重ね赤司くんが本当にすみません…」

「いや…あんな幼なじみ持って、お前も苦労してるな」

「苦労、ですか?」


しみじみと言った火神の言葉に、黒子はきょとんと首をかしげた。少し間があいて、やがておかしそうにクスクスと笑う。火神は釈然としない思いで、黒子の笑い声を聞いていた。


「赤司くんはですね、世話を焼くことが何よりも大好きなんです。だから、僕はその役を自ら買って出ている」


黒子はいたずらっ子のような表情で、楽しげに笑った。


「おままごとに付き合っているみたいで、とても楽しいですよ」


ああ、結局、赤司も俺も所詮はこいつに踊らされているだけなのか。よく分からないが、なんだかんだ言って均衡の取れているこの二人に、火神は白旗を上げるしかなかった。



∴ ラブフィエーロ・ロマンスターン


fiero〔伊〕 誇りのある


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赤司生誕祭log







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