リアタイ | ナノ




2013/07/27 01:47

ふと目が覚めたら、そこは夢の中だった。



なぜ、俺は夢の中にいるのだと分かる?その答えは簡単だ。目を閉じる前、俺は自室の布団に潜り込んだからだ。目を開いたら見えるはずの見慣れた天井が、俺の瞳には映っていない。代わりに、どこまでも真っ白なだだっ広い空間が広がっていた。
俺は、この広々とした空間に、着の身着のままの状態でぼうっとつっ立っているようだ。もっと慌てふためいてもいいはずなのに、意外とこと真白の空間を受け入れることができている自分に、思わず我が身の順応力を褒めたくなる。夢だと分かってさえすれば、どうも自分でも驚くほどに、酷く冷静なようだ。

そして、夢だとわかった決定的な証拠がもう一つ。目線を上げた少し先に、小学生くらいの小さな男の子が膝を抱えて座り込んでいるのだ。その少年は手持ち無沙汰に肩を揺らし、大粒の宝石を組み込んだかのような瞳が物憂げに床らしき白い場所を見つめる。小さな体にはてんで似合わない、ちぐはぐのアンニュイな雰囲気。揺れる体にあわせて、少年の鴉羽のような黒髪が頬にかかった。
黒髪と比例するような肌の色白さ。まるで、あたかも自分はこの空間にいることこそがふさわしいと言わんばかりの男の子は、俺の視線に気がつくとゆっくりと目線をこちらへ向けた。すると、さっきまでのつまらなさそうな表情は吹き飛んだかのように、とろけるそうな程の甘い笑みを顔いっぱいに惜しげもなく浮かべ、すくりと立ち上がると、子供らしい仕草で俺の方へと駆け寄ってきた。軽やかな足取りで駆けてくる様は、同じ年頃の少年と比べるとややしっかりとしたフォームに思える。初めて会ったこの小さな少年のことを、脳の内が鮮明に訴えているようだった。


「伊月くん!」


「っわ、」


走ったままの勢いで抱きついてくるものだから、俺は体勢を崩して男の子ごと床に倒れ込んだ。とっさに抱きとめたので男の子は無事らしく、嬉しそうににこにこと腕の中で笑っている。さすが夢の中、というべきか、倒れたもののまったく痛みは感じなかった。


「……森山、さん…」


笑うと更に細くなる切れ長の瞳。毎日時間をかけてセットしていた艶やかな黒髪。まだ少年特有のあどけなさは残るものの、この小さな男の子は見まごうことなく森山さんだった。
なぜ、俺の夢の中に森山さんがいる?なぜ、森山さんは小さい頃の姿なんだ?腕の中にいる少年を見つめれば見つめるほど、なぜ、の疑問がたくさん湧いてでる。そんな俺の考えなど露知らず、と行った様子で、伊月くん、と小さな森山さんが、可愛らしい声で俺の名前を呼んだ。ぱちりと視線がぶつかると、腕の中のあどけない少年はへにゃりと頬を緩ませた。


「……夢だから、しょうがないか」


森山さんを抱き上げて、自分の体もゆっくりと持ち上げる。重さも、空気も、なんにも感じない。違和感だらけのこの世界に体が順応しているのは、やはりここが夢の中なのだからだろうか。伊月くん、おろして。ぴょんっと俺の腕から跳ね下りて、森山さんはまたふわりと笑った。

違和感だらけの世界でも、森山さんの笑顔はとびきりの違和感を放つ。俺の見た森山さんの笑顔は、余裕を含ませた大人びた笑い方だけなのだ。なんでも見通したかのような、俺を安心させるような、そんな笑みばかりを森山さんは浮かべる。こんなに幸せそうに、世界をすべてを受け入れた笑みなど、俺はまるで知らない。思わず立ち尽くしていると、森山さんはぷっくりとした手で俺の手をそっと握った。


「早く、行こう。怒られちゃうよ、」


少しだけお兄さんぶった、大人びた口調。それに反した子供特有のあどけない声をぼんやりと聞いていると、繋がれた手がぐい、と引かれた。
何もない真っ白な空間を、小さな森山さんはなんのためらいもなく走っていた。まるで、そこに道があるような。森山さんは迷いもせずに、俺の手を引いて走っていた。俺はただそれに従うことしかできなくて、黙って手を引かれる。たまにちら、と森山さんが俺の方を振り返るので、少しだけ笑いかけてやると、森山さんはまたふわりと笑うのだ。


「森山さん。俺らは、どこに向かっているの」

「そんなの、伊月くんしか知らないよ」

「ごめんね。俺、わからないんだ」

「そっか。じゃあ、そのままがいいね」


少しだけ、走るスピードが遅くなった。森山さんはくるりと振り返り、にっこりと笑う。


「大丈夫だよ。心配しなくても、俺が連れて行ってあげる」


黄金に光る蜂蜜をたっぷりとかけ、シュガーコーティングされたミルフィーユのような、とろけるように甘い響きの森山さんの発した言葉。甘さがゆっくりと侵食して、くらくらと脳にまで蜂蜜が昇ったかのような感覚に陥る。まるで、毒だ。ふわふわとした頭でぼんやりと、蜂蜜色に染まった甘い言葉がリフレインしていた。



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