綺麗に磨かれた曇り1つ無い大きな窓には、一枚の絵か写真のような景色が広がっていた。
小さな人工的な海。その上にすらりとかかるのはレインボーブリッジ、その奥に見えるのは掌サイズの東京タワー。

「今日はずいぶん遠くまで見えるね、」なんて造り途中の霞んだスカイツリーを見ながら、1週間ぶりの他愛無い親子の会話。隣に立つ大きな違和感は、急遽無理矢理取り繕った仮の婚約者。


「こっちがこの間電話で話した彼。」


ソファーに腰掛けていたお母さんがゆっくり立ち上がるとそのまま深々おじきをした。


「桜井琥一・・・です。」


「いつもお世話になっています。はなからお話は聞いてます。」


ニコニコと笑顔弾けるお母さんに、やや固い表情の琥一くん。本当の婚約者なら笑えるほど歪な構図も、今朝慌てて取り繕った偽者となれば胃が痛くなる程の緊張感。


「お仕事で海外にもいかれるみたいでいいわねぇ〜。最近はどこに行かれたのかしら?」


「え、・・・あ゙ー・・・」


想定外の先制パンチに高い位置の目が私に何かを訴えかけてくる。何でもいいから早く言って!と目で合図を送れば「アメリカにちょっと・・・」と歯切れ悪く一言。

昨日『アメ横』行ったし、ニアミス?って事で。

普通なら突っ込まれたら一発でばれそうな嘘だけど、日本から出たことのないお母さんは「いいわねぇ〜」とそれだけで話が終わった。
・・・これ以上突っ込まれた時の為に、琥一くんお得意の音楽ネタで逃げ切ってもらおうなんてヒヤヒヤした思惑もさらりと笑ってどこかに流す。


「お母さん、予約の時間もあるし早く見に行こう?」


「そうね〜、楽しみだわ。」


ルンルン楽しそうな母親。実は今日の目的は両親への挨拶じゃない。本当であれば単なるデートでしかなかったのだけど、先週ぼそっと口を滑らせたら「私も行きたいわ〜」とまさかのサプライズ。突然初めましてで結婚の挨拶にくるよりはワンクッションいれた方がいいかななんて、あまりにもお気楽だった先週の私を今は激しく呪いたい。

一足先に『ウェディングラウンジ』の看板を見つけて浮き足だつお母さんを追うと、後ろで立ち尽くす相変わらず微妙な顔した琥一くんの腕をとる。


「耐えぬいたら今日はお肉でいいから。」


「絶対バレるだろ、こんなんじゃ。さっさと言っちまったほうがいいんじゃねぇか?」


「大丈夫、・・・大丈夫だから。」


あんなに喜んでるお母さんに「実は婚約者に逃げられました。彼は偽物です。」なんて言える訳ないじゃない。出てきた以上はひっこめられない。自分に言い聞かせるように、何度も強く「大丈夫」を繰り返す。


「・・・どうなっても知らねぇぞ?」


諦めたようにはぁ〜とありったけの空気を吐き出す、二次元産の王子様。

・・・ごめんなさい、寝床を提供する代わりに1日だけ、追加で偽婚約者の肩書きを背負って頂きたいとおもいます。




−−−続く





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