―――・・・




隣で明らかに不快を露にする桜井琥一くん。昨日買ったばかりの・・・何とかって言うビンテージの真っ黒なジャケットを羽織り、駅を出るなりポケットに手を突っ込みながらのしのしと道を闊歩する。
時折首をコキコキ鳴らして『眠い』だの『枕が合わなかった』だの『電車がだるい』だと何とか、かんとか次々に不満を口にする。


眠いのも電車がだるいのもお互い様な上に、私なんてソファーで寝たから全身がほんのり痛いんだけど?

言いたい言葉を押さえて、機嫌をこれ以上損ねないように『大丈夫?』『ごめんね、』と次々に上辺だけの愛想笑いをつくる。


これじゃ・・・やっぱ、恥を忍んで正直に断ればよかったかも。
平均身長を裕に越え、恵まれた体格プラスその風貌。機嫌の悪さも相まって、ふと気が付けば休日で賑わうテレポート駅の人の流れが私達を中心にするすると左右に分かれていく。

・・・なにこれモーゼ?


「琥一くん、・・・そんなに威嚇して歩かないでよ。すごい避けられてるんだけど、」


「あっ?歩きやすくていいだろーが。」


地方のヤンキーじゃないんだから勘弁してよ。俯き気味に、出来るだけ足早で歩道橋を歩けば、琥一くんに気付いた人間が魔法にかけられたように次々道をあけていく。

・・・確かに歩きやすいけど。

都民は人混みをするする通り抜ける業を心得ているらしく、滅多な事がなければ人にはぶつからない。
前、上京したての友人と人でごった返した渋谷の交差点を歩いていたら『忍者みたいだね』と妙に感心された事を思い出す。


「もうそこだから、睨むの禁止。お願いだから何があっても常識的に振る舞ってよね。」


「ちっ・・・。」


舌打ち・・・物凄く不安。最後、ポケットに突っこまれた手を抜くよう猛獣に指示をして、ツルツルに磨きあげられた重いガラスの扉を開けた。

設楽先輩や紺野先輩なら苦労はなかっただろうに。
コツコツと高めのパンプスが大理石のロビーに足音を響かせる。キョロキョロと辺りを見渡せば、正に緊張の一瞬。

でも・・・ソファーに腰掛ける後ろ姿は1人だけ。
胸をほっと撫で下ろした。


「お母さん。」


振り返った笑顔の母親に小さく手を振ると、ぐいっと琥一くんの腕をとり耳打ちした。


「あれがうちのお母さん。適当に話を合わせてくれればいいから。」


「わーった、わーった、」


頑固でめんどくさいお父さんがいないだけ気分は楽だけど、この様子じゃ・・・大変不安です。

小さくお母さんに向かって頭を下げた琥一くんの腕がするりと私の手を擦り抜け出して半歩前を歩き出す。姿勢を正したその姿、やっぱりルックス、スタイルだけならパーフェクト。

しかしながら
『婚約者』としてぼろが出なければいいけれど。





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