「……はあ、」
「どうしたの?リヴァイがため息なんて珍しいじゃないか。」
「、クソメガネ…」


俺の目の前に居るハンジの笑顔に疲れが増した……ような気がする。あの日から3ヶ月、あいつ…なまえとは何度か会った。話もしたし、一緒に時間を過ごしたこともあった。


穏やかで優しい、
そして何より、彼女はいつだって気取らなかった。

貴族ってやつは大体庶民から嫌われるものだが、なまえは違った。人から愛される奴で、その優しい微笑みで周りの奴を笑顔にした。


いつの間にか、俺の生活の中に彼女は当たり前のように居て、

俺は知らず知らずのうちに、
なまえのことが、好きになっていた。


なまえのことを考えるとなんだか鼓動が速くなっていくし、ずっとあの笑顔が頭から離れない。……こんな気持ちじゃ、壁外調査なんてしようものなら即死だろう。


「オイ、クソメガネ。」
「なに?」
「……もし、もしの話だ。」
「うんうん。」
「……いや、なんでもない。こういう話はエルヴィンにするべきだったな…。クソでもして忘れろ。」
「気になるよ!!そんな半端な終わらせ方しないでよ!!!」


騒ぐこいつを無視して、俺はエルヴィンの元へ行くことにした。きっと初めてであろう、こんな相談。

ひとつ息を吐いて、俺はその部屋へと歩みを進めるのだった。



ー…



コンコン、



「エルヴィン、俺だ。ちょっといいか?」
「ああ、入りなさい。」


扉を開けると、机に向かっていたエルヴィンが笑みを浮かべてその顔を上げる。コーヒーの香りが、ふわりと鼻孔をくすぐった。


「どうしたんだ?書類はもう片付いたと言っていたが……」
「、相談が…ある。」
「ほう、珍しいな。分かった、聞こう。」


エルヴィンは落ち着いた声でそう言って、コーヒーを差し出した。


「……もしの話だ。お前に好きな奴が出来たとする。そいつと身分の差が天と地ぐらい離れていて、手が届かないような相手ならどうする?」
「身分の差か、難しいな…」


エルヴィンは少し悩んだあと、ふっと笑って言った。


「身分の差は、きっと二人を阻む壁になるだろう。だが、そもそも愛し合うのに身分の差なんて関係あるか?……ないと、俺は思う。」
「……、」
「まあそれも、お互いが想い合っているならの話だが…。もし片想いだとしても、想いを伝えるということに意味があると思う。……だから俺はきっと、諦めたりはしないだろうな。」


優しく笑って、エルヴィンはそう言った。そうか、愛し合うのに身分の差なんて関係ない。……確かにそうだった。


「──エルヴィン、少し出てくる。」
「ああ、いってらっしゃい。」


急いだように閉じられたその扉を見つめ、エルヴィンは困ったように笑った。まだ湯気が立ち上るコーヒーは、少しも減っていない。それだけ焦っているんだろう。


「…リヴァイは本当に、例えが下手だな。」


自分のことだとバレバレだと小さく言って、薄く笑みを浮かべながら、少し冷めた温い自分のコーヒーを口に含むのだった。







* * *







ー…


「ッ、なまえ…!!」


愛しい彼女の名を呼びながら、彼女の家へと走っていく。だんだんと大きな家の屋根が見えてきた。


、もうすぐ…もうすぐだ…


「──…」



今までずっと押し込めてきた。

この気持ちがなんなのかなんて、とっくに知っていた。それでも、抱いてはいけない感情だと見て見ぬふりをした。

押さえ込む必要なんかなかった。


──俺は、お前が好きだ。



呼吸を整えて、その綺麗なドアをノックした。コンコンという音を鳴らす。すると開いた扉の奥に居たのは、この間なまえと話していた使用人だった。


「貴方は…リヴァイ様、ですね?」
「ああ。なまえは…」
「……なまえお嬢様も、ずっと貴方に会いたいと仰っていましたよ。……どうぞ中へ。」


使用人の女に家に入れてもらい、彼女の部屋まで案内してもらった。白い綺麗な扉をそっとノックして、そっと開ける。



「どうぞ、ごゆっくり。」



使用人の女は、どこか苦しそうに言った。パタンと鳴ったドアが、重々しく閉じる。


『リ、ヴァイさん…?』
「!」


聞こえた声に振り返って、思わず呼吸を忘れた。
何故ならそこに居た彼女は、



『よかった、もう一度…お会いできて。』



身体を沢山の管に繋がれて、ベッドに横たわっていた。力無く笑う彼女の姿に、言葉を失った。急いで駆け寄り、細く白い小さな手を、優しく包み込むように両手で握る。ほんのりと伝わってくるなまえの体温。その温かさに、俺は息苦しさを覚えた。


「ッなまえ…」
『…リヴァイさん、お久しぶりです。……それ、付けて下さってるんですね。』


俺の左手の人差し指に付けられたその指輪を見て、また笑う。弱々しい彼女の笑みが、胸に刺さった。


「お前、なんで…こんな……」
『……少し前から、亡くなった母と同じ病だったんです。』


昔から身体は弱かったのですけれど、と笑うなまえ。……こんな状態で、俺は彼女に何を伝えるって言うんだ?想いを伝えるなんて、こいつの負担になるだけだ。


『私、もう長くないそうなんです。……お医者様も手は尽くしてくれたそうなのですが、余命はもうあと1ヶ月もないと仰っておりました。……これでも、お医者様が色々とやってくださったお陰で数ヶ月生き延びた方なんですけれど。』



どうやら医師が延命治療を施したようで、本当ならもう死んでいたんです、と続けた彼女の言葉が、遥か遠くに聞こえた。



あと、1ヶ月も……ない……?

彼女が窓の外の空を見上げて、自嘲気味の笑みを溢す。それと共に彼女の頬を伝うのは、一筋の涙だった。その白い頬をゆるやかに流れて、ポタリと彼女の手にこぼれ落ちる。



『──外の世界を、見てみたかったなぁ…』



震える声、

次から次へと溢れる涙。


俺は、いつの間にか目の前の彼女を抱き締めていた。そっと、優しく。


『リヴァイ、さ…』
「好きだ。」
『……え、』
「お前が、好きだ……なまえ。」
『何故…ですか、』


彼女は俯いて、俺の肩をその弱い力で押し返した。


『何故、私なの…ですか…っ、』


俺を見上げる彼女の瞳からは、大粒の涙がこぼれた。透明な雫が重力に身を任せて落ちていく。


『私は、貴方に幸せになってもらいたいのです……私などと共に居ては、貴方は幸せどころか不幸になります…!』
「俺がお前と一緒に居たいと思っているんだ。不幸になんてならない。」
『っ、……貴方は、今の私を見ても一緒に居たいと思うのですか?』

「ああ、俺はお前と一緒に居たい。

……お前のことを守ってやりたいし、幸せにしてやりたい。」

『っ駄目…です……』

「なまえ、」

『駄目、なのに…ッ』


言葉を詰まらせながら、彼女は俺の手を握って言った。



『っ、なんで、こんなに嬉しいの……』


切なげに揺れるその大きな瞳に、俺は期待をしてもいいんだろうか。嬉しいと、その言葉が聞けただけで俺は十分だった。



『嬉しいです、リヴァイさん……私も、あの日からずっと、貴方のことばかりを考えて、今日まで過ごしてきました…』
「なまえ、それは…」

『好きです、ッ…リヴァイさん…貴方のことが、私も好き……』


震える彼女の身体を、離すまいと抱き締めた。とくん、とくんと伝わる彼女の心音に、その温もりに、その涙に、心が突き上げられるような込み上げる想いで一杯だった。


「なまえ、なまえ……」


確かめるように何度も、何度も彼女の名前を呼んだ。儚い彼女の存在が、ここにあるんだと実感しながら。


『リヴァイさん、私は……もう長くありませんし、貴方と過ごせる時間も僅かとは思います。でも、』

「……?」

『それでも、こんな私を…愛してくださいますか?』


もう一度、と俺の返事を待つなまえ。そんな彼女の頬に手を添えて、その小さな唇に、そっと口づけを落とした。


「決まっているだろう、俺は、お前のことを愛している。」


抱き締めたなまえは、俺の腕の中で少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。……そんな彼女が、こんなにもいとおしいと感じる。俺は、こいつに溺れているようだった。

なまえとその後も言葉を暫く交わしていたが、彼女の顔色が悪くなったのを見て、俺はそろそろ時間だから帰ると部屋を後にした。


「……愛、か。」


フッと笑いながら、その無駄に広い階段を下りていく。俺の心は、満たされていた。穏やかな気分で帰ろうとした時、目の前にあるひとつの人影に目を向ける。

そこに居たのは、あの使用人だった。
扉の前に立ち塞がり、俯いて話す。


「お嬢様を、どうなさるおつもりですか……」
「どうする……?」
「貴方は、ご自分が今何をしようとしているのかをまるで理解できていない…。いつだって貴族は貴族と共に生きるのが、当たり前なのです。旦那様も、もう気付いていらっしゃいますし…許さない、認めないと仰られています……ッ、

……貴方は、そのルールともいえるものを、旦那様のお気持ちを無視なさるのですか?」

「……あいつを愛してるんだ。だったらそんなの、」


当たり前だろ、と、俺は言った。


「、気をつけて…お帰りくださいませ。」


俯いたまま、そこを退く。
俺はドアノブに手をかけて、外へと踏み出した。


「ッ、あの……!!」
「?」

「なまえお嬢様を、どうか……どうか、幸せにしてあげてください…


…っ、お願い致します!」



深々と頭を下げた彼女に、俺は一言だけ言う。



「言われなくたって、そうするさ。」



空を見上げると、空は薄暗い。
吐く息も白く、今日は一段と寒い。……体調、崩さねぇといいんだが…。


「……、」


ぼんやりと考えながら歩く俺の手に、冷たいものがふわりと乗った。



「雪、か……」



そこらをはしゃいで回るガキ共に目を向けながら、俺はまた、踏み締めるように歩みを進めるのだった。




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