「 積雪恋模様 」
『──お兄ちゃん、お兄ちゃん。』
「……ん、」
朝早く。
隣で眠っていたはずのアルデが、オレの名前を呼んで体をそっと揺する。その声が優しく穏やかなことから、急ぎではないんだと思いつつ体を起こした。
「おはよ…どうした?」
オレの顔を可愛らしい笑顔で覗き込むアルデに、笑ってそう言い髪を撫でてやる。淡い栗色の綺麗な髪がさらりとオレの指の間を流れた。
『えへへ、おはよう!ねえ、お外見てみて!』
「外…?」
『うん、窓のお外!』
早く、とオレの手を握って窓の元へと連れていく。布団の温もりとは反対の冷えきった部屋の空気がオレの体を包む。
うわ、寒ぃ…。
『あ、ごめんね寒いね!』
アルデが焦ったようにカーディガンをオレの肩に掛け、彼女の首に巻かれている水色のマフラーを、オレの首にも巻いてくれた。
「……。」
『ほら、これであったかいでしょ?』
ふわりと微笑むアルデの顔を一瞬きょとんと見つめた。二人で一つのマフラーを巻いているという事実に、顔に熱が集まった。嬉しさやら恥ずかしさやらが込み上げてきて、つい顔を逸らす。
『あれ、お兄ちゃん?』
「な、なんでもねぇ…!」
頬に帯びた熱を振り払うように、窓を開けた。
「!う、わぁ…」
そこにあった景色は、いつもの街並み…だけど、今日は違った。朝日に照らし出されてきらきらと光輝く、街を覆っているその真っ白いもの…それは雪だった。どうやら昨晩から降っていたらしい。
『朝早くに起こしちゃってごめんね…。でも……』
「?」
『一番先に、お兄ちゃんに見せてあげたかったの…。』
ごめんなさい、そう言ってしゅんとするアルデに、胸の奥がきゅんとした気がした。なにより、オレに一番先にって…すげぇ嬉しい…。
「アルデ、」
『?』
「ありがとな、すげぇ嬉しい!」
『!お兄ちゃん…』
ぱあっとその表情を華やがせて、ぎゅっとオレに抱きついた。
『ねぇお兄ちゃん、』
「ん?」
『妹、ほんとは欲しくなかった?』
「え……」
ぎゅっと服の裾を握って、俯いて言う。
なんで急にって思ったけど、その長い睫毛の奥に見えた不安げに揺れる瞳に嘘はつけなかった。
「…お前に会う前はな。…でも、今は違う。」
『?』
「今はお前とこうして過ごす毎日が楽しくて…大好きだ。」
『…!』
「だから……その、そんなの気にすんなよ。大切なのは、前より今だろ…。」
照れくささを紛らわすように頬を掻きながらいうと、アルデはその大きな瞳を更に大きく見開いて、満面の笑みで頷いた。
『ねぇお兄ちゃん。』
「ん?」
『ずっと、側にいてね…』
「っ、ア…アルデ…」
はにかんでオレを見上げるアルデ。
なんだよ、お前…
…そんな、そんなっ…
そんな可愛いこと言うなよ…!!
なんて言葉を、唇を手の甲に当てて押さえ込んだ。今のオレは、きっと耳まで真っ赤なんだろうな、なんて考える。
やっぱり妹といえど血は繋がってないし、同い年の女の子。どうしても普通の兄妹のようにはいかない。
「……っ、お、おう!」
必死に返事をすると、えへへと笑ってまた抱きついた。
その可愛らしい表情にも胸の奥がきゅんとするような感覚になり、妹に対しこんな気分になるオレはどうかしてしまったのだろうか。
『お兄ちゃん、もう少ししたらきっとお母さんが起こしに来るよ。』
「…じゃあ、起こしに来る前に支度して驚かせてやろうぜ!」
『うん、賛成っ』
二人で着替えを済ませる。
アルデは髪を綺麗にリボンで結って、首からペンダントを下げた。お互いが用意できたことを確認して、二人で階段を下りる。
「あら、今日は早いのね!どうしたの?」
「ちょっとな。」
『雪で目が覚めたの!』
へへ、と可愛らしく微笑んで顔を洗いに行くアルデ。そんな彼女の小さな背中をぼんやりと眺めていた時だった。
「エレン、どうかしたの?」
「!!い、いや…なんでもない!」
ふいっと母さんから顔を逸らして走る。
最近思う。
いや、気づいたような気がする。
オレのアルデへの好きは兄妹の好きじゃない、きっと──…
***
ー…
『うわぁふわふわ!真っ白ー!』
きゃっきゃっと雪にはしゃぐアルデ。
そんな彼女の姿を、アルミンと二人で座って眺めていた。
「なあアルミン。」
「ん?」
「オレさ、最近なんか変なんだ。」
それだけぽつりと言うと、アルミンは「えっ」と言ってから、焦ったようにオレの体を労った。
「エ、エレンのお父さんはお医者さんなんだから、ちゃんと言わなくちゃ駄目じゃないか!それに今日は寒いんだからもっとあったかい服で──」
「待て待て!違う、病気とかじゃなくて!」
「へ?じゃあ、なにが変なの?」
首を傾げて聞くアルミン。
オレは、意を決したように言った。
「オレ、さ…。最近アルデを見てると、変な気分になるんだ…。胸がもやもやするっていうか、なんていうか…。」
伝えると、アルミンは一瞬面食らったような顔をしてから、可笑しそうに笑った。
「ふ、ふふっ……あはは!」
「な、なにがおかしいんだよ!?オレは真面目に──」
「だって、エレンそれってさ──」
恋じゃないか。
言ったアルミンの声がどこか遠くに聞こえた。
だって、恋……って、
「じ、冗談よせよ…」
「冗談じゃないよ。それはきっと恋だ。もしアルデがエレンの実の妹だとしたら驚くけれど、アルデは違う。
養子っていう繋がりがなければ、
アルデは他人で同い年の女の子なんだよ。
そう考えると、
エレンがアルデに恋するのなんて不思議でもなんでもない。」
でしょ?と笑うアルミンの蒼い瞳が、優しく笑った。
『二人ともー!早くおいでよー!』
「あ、今行くよ!……ほら、エレンも。」
「あ…ああ。」
そうだ、
おかしいことじゃない。
オレは、アルデに──…
『お兄ちゃん、早く!』
「──、おう!」
アルデに、恋をしたんだ。
雪が降り積もる頃、
オレはそっと静かに降り積もるその雪のように、アルデへの想いを胸に仕舞うのだった。
843年、1月。
オレは初めての恋をした。
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