「 助けない約束 」
『……。』
朝早く、私はふと目が覚めた。
エレンお兄ちゃんはまだ隣ですやすやと眠っているみたい…。あまりにも気持ち良さそうに寝ているものだから、なんだか可愛いなって、ちょっと思っちゃった。
何故目が覚めたのかはわからない、けど……きっとさっき見ていた夢が原因だろうとは思う。
私は、枕元に置いてあるペンデュラムをそっと手に取った。
──
────
──────
「アルデ。」
『なあに?ママ!』
「アルデには素敵な力があるのよ。」
『すてきな、ちから?』
「ええ、人をたくさん助けることのできる素敵な力。あなたはすごいのよ!」
『わぁ!すごい!』
「そう、アルデ、あなたは──
まるで天使みたいな子ね──…」
──────
────
──
『……ママは、知ってたの?』
ぽつり、呟いた言葉は誰の耳にも届かない。
もしあの夢で見たママの言っていたことが、本当なのだとしたら──…
私は、今すぐにでも使いたいと思った。
***
ー…
「おはよー」
『おはよう…』
「おはよう、エレン、アルデ。もう少しでご飯が出来るから、ちょっと待っててね。」
お母さんが振り返って笑う。
そんなお母さんの姿にどこかほっとして、夢のことなんか忘れそうになっていた。
ガシャン!!
「!」
「っ、母さん!」
包丁を滑らせ、お母さんが手を切ってしまったようだった。床には少しだけだが血が滴る。そんな赤黒い液体に、ぞっとした。
「カルラ…大丈夫か?」
「少し深く切ったけど平気よ…。ごめんなさい、ぼーっとしてたわ。」
いやねぇ、と笑って血を洗い流すお母さん。でも水が染みるようで、少しだけ顔を歪めていた。
「手当てをするから、座りなさい。」
「ありがとう…。」
椅子に座って、救急箱を取り出すお父さん。…私は、そんなお父さんに制止をかけた。
『待って!』
「?どうしたんだ、アルデ。」
『確かめたいことがあるの…手当てする前に。……いい?』
「それはいいが…何をするんだ?」
『ちょっとね…。』
不思議そうにするみんなをよそに、私はお母さんの手をそっと取った。そして、傷口に右手をかざす。そっとその右手に力を込めた。
「!」
「こ、これは…!」
淡い光を放って、お母さんのぱっくりと開いてしまっていた切り傷が塞がってゆく。少し経てば、傷口はすっかりと消えて無くなっていた。
『本当、なんだ…』
「お、おいアルデ、どういうことなんだ?母さんの傷はどこに行っちまったんだよ?」
お兄ちゃんが焦ったように聞く。
私にもよくわからない。
なのに、使えてしまった。この力。
手を見つめて呆然とする。
「アルデ。」
『お父…さん?』
「よく聞くんだ。」
肩をそっと掴まれて、目線を合わせるようにお父さんが屈む。その今までにないくらいの真剣な瞳に、少し怯んだ。
「その力を、外で使ってはいけないよ。」
『え…?』
「例え目の前で誰かが死んでしまいそうでも、絶対にだ。わかったね。」
『どう、して…?
この力で誰かが助かっちゃ、だめなの…?』
「そういうことじゃないんだ。でも、この力が外で広まって兵士の耳にでも入ったら、お前はきっと、もうここでは暮らせないだろう…」
『ここで、暮らせない?』
「ああ、きっと一番怪我人の出る調査兵団にでも連れていかれて、お前はそこで死ぬまでその力を使うことになるだろう。
だからアルデ、約束だ。
たとえ外でその力を使って人を助けたくなっても、助けないと。
カルラもエレンも、このことは誰にも口外してはいけない。いいね。」
「わかったわ…」
「わ、わかった…!」
二人が頷く。
するとお父さんは肩に置いた手を離して、私の頭をそっと撫でた。
「すまないね、アルデ。
きっとお前は優しいから、その力を使いたいと強く思うんだろう…。でも許してくれ、これがお前のためなんだ。」
『うん…わかった、約束する。』
見上げて言えば、お父さんは優しく笑った。そして、お母さんが私に言う。
「アルデ、ありがとう。」
『!』
「痛みもないし、すっかり元通りだわ!その力は不思議で仕方ないけれど、あなたにぴったりな優しい力ね。」
本当にありがとう、とお母さんは笑った。
その言葉に、笑顔に、
胸を突き上げるように込み上げてきた思いが、涙が溢れだした。
『っ、うん…』
みんなが焦ったように側に来て、泣く私を慰める。
本当は少し前から、
この力のことを知っていた。
でも、自分が人間じゃないみたいで、
怖くて、
気持ち悪くて、
こんな力いらないって、
初めはそう思ってた。
けれどだんだん使ううちに、何かいい使い方はないかって考えて、
誰かのためにって、思った。
お母さんの怪我を治せた時だって、誰かのためにこの力を使えたことが嬉しかった。
でも、それを否定されたみたいで、
助けたいのに助けられない、
助けられるのに助けない、
そんなの悔しいって、心から思った。
それでも、
そんな私のことを、こんな力のことを、
″優しい力″って、
そう言ってくれたんだ。
『っ、うぅ、ふぇぇ…』
目の前に居るこの人たちが、
私の家族で、
かけがえのない人。
この家でこうやって暮らせて、
本当の家族みたいに接してくれて、
この人たちの優しさに触れたことが嬉しかった。
この人たちが突き放したりしないことが嬉しかった。
頼るべき人が居ることが、
懐かしくて、嬉しかったんだ。
『ありがとう…、お父さん、お母さん、お兄ちゃん…──』
笑った瞬間、涙がぽつりと床へ落ちた。
助けない約束。
それは私を守るための約束。
優しい優しい、約束だった。
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