「 たまには悪くない 」
「ッへくしゅ!!」
オレがくしゃみをすると、アルデが心配そうに顔を覗き込んだ。
『エレンお兄ちゃん…お風邪?』
「ん…わかんねぇ……けど、すげぇ寒い…。」
その日の朝。
朝飯を食べるべくテーブルを前に座っていると、なんだかくしゃみがよく出ることに気がついた。頭もぼーっとするし、寒気がする。
『ちょっとごめんね……』
オレの額に触れるアルデの小さな手が、とてもひんやりとしているような気がした。冷たくて気持ちいい。
『た、大変!すごいお熱…!』
「……熱?」
『どうしようカルラさん…』
「最近急に冷え込んだから、体調崩したのかしら…。とりあえず部屋に運びましょう。あと、アルデ。」
『?』
「″カルラさん″じゃなくて″お母さん″よ。いい?」
『!は…はいっ…お、お母さん…』
少しだけ照れくさそうに頬を染めて笑うアルデ。母さんに抱えられながら、そんなアルデの笑顔につられてオレも笑う。
なんだかアルデが家に居るだけで、心がいつもより穏やかに感じた。
『お兄ちゃん…』
不安げにオレの手を握って、何度もお兄ちゃんと言うアルデ。そんな彼女の大きな瞳には、涙が浮かんでいた。
「アルデ…お前、泣きそうだぞ…」
『だ、だって…お兄ちゃんが辛そうだから…』
小さなその手で涙を拭って、懸命に涙を堪えていた。可愛いな、なんて呑気なことを思いつつも、ベッドに寝かされた安心感に包まれて目を閉じる。
「じゃあ、あとまた来るからね。アルデ、行こう。」
『…。』
何度も名残惜しげな表情でこちらを振り返るアルデは、母さんに促されて下へと降りたようだった。
「───…」
オレは布団の温もりに微睡みながら、柔らかな日差しを浴びていた。だんだんと夢半分な意識になって、そのまま意識を手放した。
ー…
『カル……お母さん。お兄ちゃん大丈夫かなあ…』
「見たところそんなに重症でも無さそうだし…今日明日ちゃんと安静にしていれば治ると思うわ。」
『そっか、よかった…』
「ふふ、心配しすぎよ。…でも、本当に……」
『?』
カルラが優しく笑って、アルデの頭を撫でた。
「本当にあなたたち、いい兄妹になったわね。」
『!そ、そうかなあ…』
「ええ。これからも、エレンと仲良くしてちょうだいね。」
『うん!』
「さて、ご飯作らないとね。アルデも手伝ってくれる?」
『はあい!』
カルラとアルデは二人で台所に立ち、色々なことを話しながら調理を進めるのだった。
***
ー…
『お兄ちゃん、開けるよー?』
「──ん、ああ…。どうぞ…。」
はっきりしない視界を戻すように目を擦り、その声に身体を起こす。まだ眠いけれど、アルデが来てくれてるのに寝てたら悪い。アルデがとてて、と小走りにオレの側に寄って、ふんわりと笑った。
「アルデ…なんか嬉しそうだな。いいことでもあったのか?」
『えへへ、あのね、これ私が作ったの!』
そう言って土鍋の蓋をアルデが開けると、温かい湯気と共に鼻孔をくすぐるいい香りがする。その土鍋の中身は、どうやら卵粥のようだ。
「わ、すげぇうまそう…。食ってもいいか?」
『うん。あ…待って。熱いから食べさせてあげる!』
木のスプーンに一口そっと掬って、一生懸命ふうふうと冷ますアルデのその姿に小さく笑みを溢した。
『はい、あーん。』
「あ、あーん…」
少し恥ずかしいけど、今は身体も怠いから正直すごく助かる。仕方ないと大人しく差し出されたスプーンを口に含んだ。
「!うま…っ」
とろとろした卵に、程よい塩加減。柔らかすぎない米の粒をゆっくり噛むと、ほんのりと米の自然な甘味が口に広がった。
「アルデ、料理上手そうだな…」
『ほ、ほんと?』
嬉しい、と頬を染めてはにかむ。
本当だと返して頭を撫でてやれば、また嬉しそうに微笑んだ。
『お兄ちゃんおいしいもの好き?』
「ああ、そりゃあな。」
『じゃあ、私お兄ちゃんのために頑張ってお料理上手になるね!』
「!お、おう…」
そう曖昧な返事を返すオレの顔は、なんだか熱い気がした。勿論熱のせいもある、けど…それとは違う熱さだと感じた。
……やべぇ、
オレ、すげぇアルデのこと好きになりそうだ…。
『あーん!』
「あーん…」
また口元へと運ばれる粥を食べていく。米なんて滅多に食べないけれど、こういう時は特別だって母さんが言ってた。
「アルデ、エレンの看病はいいけど風邪移るわよ?」
『お兄ちゃんが私に移して元気になるならそれでいいもん!』
「全くもう…。じゃあアルデが風邪引いたら今度はエレンが看病してあげてね。」
「わ、わかってるよ…」
母さんに笑いながら言われて、ムキになって返す。でも、アルデが風邪を引いたらオレのが移ったんだとしか考えられないし、言われなくたってオレが看病してやりたいと思ってるのは本当だ。
「アルデが風邪引いた時は、絶対オレが看病してやるからな…!」
『ありがとうお兄ちゃん!でも、私は平気なんだ…』
「?」
目を伏せがちに話すアルデに首を傾げると、なんでもないよと笑った。
「じゃあ、アルデ。私は買い物に行ってくるから…エレンのことよろしくね。」
『はあい!』
閉められたドアの音が部屋に響く。
腹の中が完食した卵粥で満たされてきたオレは、また微睡みはじめていた。そんなオレの額にまた手を当てて、ぽつりとアルデが呟く。
『……まだ熱い。』
水で濡らして絞ったタオルを、ベッドに横たわるオレの額にそっと置いて、優しく手を握った。
『早く良くなってね、お兄ちゃん…』
遠退いていく意識の中優しく響く。小さな手でオレの髪を撫でるその心地よさに、オレは眠りについた。
ー…
「──ん、」
ふと目を覚ました。
時間はだいぶ経っていたようで、太陽が西に傾いていた。けれど額のタオルはまだ冷たく、手には仄かな柔らかい温もりを感じる。そっと見てみると、オレの手を握ったまま眠るアルデが居た。
「──…アルデ、」
そっと名前を呼んで、握られて居る右手とは反対の左手で彼女の髪をそっと撫でた。
「ありがとな。」
ずっと側に居てくれたんだと思うと、心がじんわりと温かくなっていった。
本当に、優しいな…。
「お前が風邪引いたら、いつだってオレが看病してやるから…」
だから、
「…オレの側に、ちゃんと居ろよ。」
いたずらっぽく笑って、その手を握った。
風邪なんて滅多に引かないし、引きたくなんかないけれど。たまにはこういうのも悪くないって、そう思った。
アルデが家に来てから5日目の日の夕方、眠る彼女を見つめて、一人そっと笑むのだった。
.
[*prev] [next#]