「 いつかの日まで 」








「……ん、」


朝、いつものように目を覚ます。
ひとつだけ違うのは、彼女、アルデが隣で眠っていることだ。


「……そっか…」


俺、妹が出来たんだ…。

そうしみじみと思う。
昨日、あれから彼女とはすっかり仲良くなり、母さんも父さんも嬉しそうに笑っていた。

これからは、ずっとアルデと一緒なんだな…。


「……アルデ、」


小さく確かめるようにその名を呼んで、そっと笑う。彼女の頭をゆっくり撫でると、その綺麗な瞳がうっすらと開かれた。


『…おにい、ちゃん…』
「起こしたか?」
『ううん、大丈夫…。……寒い。』


布団の中で、眠そうにぎゅうと俺に抱きつくアルデ。そんな彼女がかわいくて、俺も笑って抱きしめた。


「まだ寒い?」
『ふふ、もう寒くないよ。』


俺の肩に顔を埋めて、柔らかく笑った。


「なあ、アルデ。」
『なあに?』
「紹介したいやつが居るんだ。…俺の友達。」
『お兄ちゃんの…お友達?』
「ああ。…アルデ、今日は家の外でそいつと俺と、お前の三人で遊ぼう!」
『うん!』


アルデは嬉しそうに笑った。



ー…



「おはよー」
『おはよう!』

「二人ともおはよう。」
「エレン、アルデ。こっちにいらっしゃい。」


母さんに呼ばれて、二人で首を傾げる。父さんが薄く笑って、行っておいでと言った。


「母さん、なに?」
「……はい、これ!二人にプレゼントよ!」


母さんがそう言って取り出したのは、二つのマフラー。片方は深い落ち着いた赤、もう片方は落ち着いた水色だった。お揃いみたいに作られたそれは、どうやら母さんが前から編んでいたものらしく。自信作よ、と笑った。


「二人で喧嘩にならないように選んで使いなさいね。」


母さんは俺たちの頭を撫でて、そう言った。台所へと姿を消した母さんの背中を二人で眺めて、顔を見合わせた。


「アルデはどっちがいい?」
『私は、両方綺麗だからどっちでもいい!お兄ちゃんは?』
「……実は俺も。」


二人で悩んだ末、お互いに合わせてみることにした。鏡の前で並んで、それぞれのマフラーを合わせる。


『お兄ちゃん赤似合うね!』
「そうか?お前もその水色すげぇよく似合ってる。」
『ほんと?へへ、じゃあ私が水色、お兄ちゃんが赤でどうかな?』
「おう、賛成!」


顔を見合わせて笑う。
アルデは水色の、俺は赤の。それぞれのマフラーを首に巻いて、父さんと母さんの居る部屋に走った。母さんと父さんが俺たちを見て、柔らかく笑った。


「よく似合うわね!」
「ああ、すごく暖かそうだ。…なあカルラ、これはお揃いで作ったのか?」
「ええ、アルデが来るって聞いて二つ作っておいたのよ。お揃いってなんだか可愛いじゃない?」


ふふ、と笑ってまた調理に取りかかる母さん。そんな母さんの背中を眺めるアルデの瞳は、少しだけ揺れていた。




ー…




コンコン



「はーい。」



木の扉をノックすると、出てきたのは俺の友達のアルミンだった。


「あ、おはようエレン。って、あれ…その子は…?」
「おはよう。ああ、昨日俺の妹になったアルデだ。」
「い…妹!?」
『初めまして、アルデ・イェーガーです!』


ふんわりと微笑むアルデに頬を染めて笑い返すアルミン。まあ、アルデは可愛いしこうなるのも無理ないよな…。


「アルデちゃん…は、いくつなの?」
『7歳!』
「じゃあ同い年だ!僕はアルミン・アルレルト。よろしくね。」
『はいっ』
「……エレン、ちょっと。」
「?ちょ、なんだよアルミン…!」


俺の腕を引っ張って、少し離れたところに連れていくアルミン。ちらちらとアルデの居るほうに視線を送りながら、なにかを言おうとしている。一体どうしたっていうんだ…?


「アルデちゃんが妹って、どういうことなの?」
「あー…なんだっけな…養子として迎え入れる、とかなんとか言ってたような?」
「養子なら、そうか…同い年でも不思議じゃないね…。でもエレンも災難だ…」
「俺が?」
「うん。だって、あんなに可愛ければ……、」

『お兄ちゃんー?』


アルミンがそう言いかけたところで、アルデが少し不安そうに呼ぶ声が聞こえた。


「あ、今行く!……で、アルデがなんだったっけ?」
「あ……ううん。なんでもない!」


困ったように眉を下げて笑ったアルミンに首を傾げつつ、アルデの元へ行く。俺の姿を見るなり嬉しそうに駆け寄ってくる彼女に、俺も口元が緩んだ。


「一人にしてごめんな?」
『ううん、大丈夫だよ!』


へへ、と笑うアルデの頭を撫でながら思う。妹ってのは、みんなこんなにも可愛いものなんだろうかと。


「なあアルミン、今日は何して遊ぶ?」
「そうだなあ…アルデちゃんは何がしたい?」
『あ、アルデでいいです!』
「え?あ、あぁえっと…じゃあ、アルデ。僕のこともアルミンって呼んで。敬語も同い年だからなしで。」
『うん、わかった!…ねぇお兄ちゃん、いつもはどんなことしてるの?』
「いつも?」


アルデにそう聞かれ、少し考える。
……いつもは、探検したり外のこと話したりとか……そんな感じか?


「探検とか、外のこと話したりとか…かな。」
『外のおはなし?』
「ああ!壁の外の話だ!」
『外…!』


ぱあっとアルデの表情が華やいだ。やっぱり外のこと気になるんだな…。アルデが胸元の不思議なペンダントを握りしめながら言った。


『私、少し外のこと知ってるよ!』
「「え!?」」


そんな彼女を連れて、大人たちの耳に入らぬよう俺達は少し遠くの木陰へと向かった。









***










ー…



『あのね、お外にはすてきなものがたくさんあるんだって!』
「たとえば?」

『″うみ″っていうたくさんのお水があるところの近くにある青く光る洞窟!

雨の降る時期にだけお空を鏡のように映し出す広い広い塩の大地!

たくさんの砂で埋め尽くされた灼熱の″さばく″!


みんなみんな、ほんとうにあるものなんだって、昔おばあちゃんが言ってた!』

「す、すげぇ…!」
「僕も見てみたいなあ…!」


アルデがその瞳をきらきらさせながら笑って話す。俺たちもそんな彼女の話を夢中になって聞いた。


『おばあちゃんは昔、たくさんの場所を旅したんだって。そのとき見たのは、自然の力で出来上がったきれいな場所たち。私も見てみたいって言ったら、いつかきっと見られるよって言ってくれた。』
「…いつか、かあ…」


隣で少し遠くを見つめているようなアルミンを見ながら思う。いつか…なんて、来るのだろうか。

壁の外にすら出られないオレたちに、
そんなことができるのか…?


『ねぇ、お兄ちゃん、アルミン!


いつか、
皆でお外に探検に行こうね!』

「「!!!」」


彼女の輝いた瞳に、ハッとした。

オレは、どうして無理だと一瞬でも思ってしまったんだろう。
すごく、後悔した。



「いつか…。

そうだね、皆で行こう!
壁の…鳥籠のその外へ!」



オレたちは手を重ねて、笑いあった。

大人たちなんかには分からないであろうこの気持ちを、オレたちはそっと胸にしまった。

その″いつか″までと思いながら。




ー…




「ただいま!」
『ただいまー!』

「おかえりなさい。
あら?随分と嬉しそうね。何かあったの?」


母さんにそう聞かれて、オレたちは顔を見合わせた。



「『内緒!!』」



その″いつか″を、
必ず見届けると心に誓った日だった。




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