「 少女の瞳 」








「ん……」


冬の日の朝。

眩しいくらいに窓から射し込む朝陽の仄かな暖かさと、小鳥のさえずりで目が覚める。布団の中は柔らかい温もりで満ちていて、出るのが惜しい。もう少しだけ…と布団に体を埋め、窓の外を見てみた。


「今日はいい天気になりそうだ…」


まだ青々しくない空を、壁から顔を出した太陽が照らし出す。幻想的なその景色を、俺はじっと見ていた。


「今日は、なんか変わったことがありそうな気がする…」


一人、枕を抱き締めながら笑む。
すると、階段をトントンと一定のリズムで上ってくる足音が響いた。


「エレン、朝よ。」


母さんがそう言って、ドアを開ける。
もう少し布団の温もりに包まれていたくて、つい寝たふりをしてしまった。


「こら、起きなさい。」
「うわ…って、さっむ…!!」
「早く着替えて顔洗ってらっしゃい。今日は貴方も一緒に行くんだから。」
「はーい…」


ドアがパタンと閉まると、寒さに身を縮めながらふと思う。


「行くって……どこへ?」


母さんの言葉に首を傾げつつ、まあいいかと俺は着替えを始めた。




ー…



「おはよー」
「ああ、おはよう。」


顔を洗って食卓へと足を運ぶと、そこにはいつものようにコーヒーを飲む父さんがいた。椅子に座ると、母さんがシチューとパンを俺の前に置いて言う。


「エレン。今日、あなたの妹が来るからね。」
「……え?」


俺は、それがあまりにも唐突で驚いて、持っていたスプーンをテーブルに落としてしまった。今、なんて…?


「あら、聞いてなかったの?…ちょっとあなた、エレンに昨日伝えておいてって言ったじゃないの。」
「エレンは昨日早くに寝てしまったから伝えられなかったんだ。仕方ないだろう。」


今、妹……って…言ったのか…?


「……カルラ、あと少ししたら迎えに行ってあげなさい。きっと待っている頃だろう。」
「ええ…。…ごめんねエレン、急で申し訳ないんだけど、養子としてうちに迎え入れることになった子が居るの。妹としてだけど、同い年よ。仲良くできる?」

「……急に、そんなこと言われたって…」

「そうよね…。でも、うちが前に色々とお世話になっていた家の子で、もう決まってしまったことなのよ……。許してちょうだいね。」


母さんが申し訳無さそうに俺の頭を撫でて言う。なんだよそれ…聞いてねぇよ…。頭が、真っ白だった。


「エレン?」


養子…妹、?
そんなこと言われても…頭が、追いつかねぇ…


「妹、なんてさ……」


欲しいと思ったりもしたことあるけど、
こんな簡単に出来ちまうもんなのかよ?
……しかも同い年だなんて、


「そんなの…おかしいだろ、」
「エレン…」


俺が俯くと、母さんが俺の手をそっと握って「ごめんなさい」と言った。違うんだ、母さん…謝らせたいわけじゃない…。
俺は、ただ……


「エレン。」


父さんが俺の名前を呼ぶ。
返事は、しなかった。


「お前も一緒に、迎えに行きなさい。」
「……なんでだよ、」
「これから家族として一緒に暮らすんだ。…少しでも早く、仲良くなれた方がいいだろう。」


父さんがそっと俺の頭を撫でる。
父さんに頭を撫でられるのは、とても久しぶりなような気がした。


「でも、俺…仲良くなれるかな?」
「平気さ、きっと。すぐにとはいかずとも、人は隣に居続ければ仲良くもなれるものだ。」


父さんは薄く笑んで、また席に座る。そして湯気が立ち上るコーヒーをまた一口、口に含むのだった。









***








ー…



「エレン。」
「なに?」
「まだ怒ってる?」
「怒ってなんかない…」
「…そう。」


母さんはニコッと笑って、俺の手を握った。手袋をしていても寒い今日には、こうして手を繋ぐのも悪くないと思った。母さんが少し声のトーンを上げて言う。


「あそこのお家よ!」
「…うわ、」


でけぇ、と言う言葉を飲み込んだ。
見えてきたその家は、この辺りじゃ随分でかい方の家だった。綺麗なその外観は、ここの家の住人が金持ちであることを表すようでもあった。


「さ、ノックして。」
「俺が?」
「そうよ。早く!」
「わ、わかったよ…!」


家の前に着くと母さんに背中を押され、気は進まないものの仕方なくドアへと向かう。トントン、と音を二回鳴らせば、はーいという可愛らしく澄んだ高い声と、小さな足音が聞こえてきた。


「なあにエレン、緊張してるの?」
「し、してない…っ!!」


顔を覗き込まれ、咄嗟に母さんの少し後ろに隠れる。母さんはふふ、と可笑しそうに笑って、人が出てくるのを待った。


『──お待たせしましたっ!』


ドアが開くと同時、その少女が姿を現した。俺は、思わず息を飲んだ。



『初めまして、アルデ・クリーゼルと申します。今日からお世話になります。』


ぺこりと下げた頭を上げるその少女、アルデ。淡い栗色の綺麗な髪に、長い睫毛に縁取られている澄んだ紅い大きな瞳。優しく笑う、人形みたいな目の前の彼女につい見とれた。


「アルデちゃん、大きくなったわね!って言っても貴女は覚えてないと思うけれど。」


ふふ、と笑って母さんが言った。


「私はカルラ・イェーガー。この子は、エレン。……ほら、あなたも挨拶して。」
「……エレン・イェーガー…だ…」


ぶっきらぼうに言った。
でも、彼女はにこっと満面の笑みを浮かべて言った。


『初めまして、エレンお兄ちゃん!』
「!」


人懐っこいその笑顔が、俺の心臓を跳ねさせた。母さんが、彼女の家の中に居た使用人みたいな人と挨拶を交わして歩き出す。


「さあ、じゃあ行きましょうか。アルデ、今日から家族なんだから…敬語もよそよそしいのも無し。いいわね?」
『うん、わかった!』
「……。」


俺が母さんと繋いでいる右手とは反対の左手を握って、アルデがふんわりと笑った。


「エレンも、いいわね?」
「……わかった。」


俺がそう言うと、アルデが嬉しそうに笑って言う。


『エレンお兄ちゃん、お兄ちゃんはお誕生日いつ?』
「…3月30日。……お、お前は?」
『私は、5月2日。やっぱり私の方が妹だね!』


ふふ、と笑うアルデから顔を逸らす。
……なんだ、すげぇいいやつだった。
優しそうだし、穏やかそうだし、可愛いし…。


『お兄ちゃん、アルデって呼んで!』
「ア、アルデ…」


俺がそう呼べば、アルデはほんのりとその白い頬を染めて、嬉しいと笑った。


『イェーガーってかっこいい名字だよね。』
「……何言ってんだよ、アルデだってもうイェーガーだろ?」
『……え、』
「これからずっと、もうお前は家族なんだから…」


そう言って、左手に少し力を込める。
……そうだ、もうアルデは家族で、これからは俺の妹として過ごしていくんだ。


「そうよ、これからはちゃんと名前を聞かれたら″アルデ・イェーガー″って名乗るのよ?」
『……アルデ・イェーガー……』


その綺麗な瞳をきらきらとさせて、アルデは何度も呟いた。これからの自分の名前を。



『うんっ!!』


笑った彼女のその瞳は、
普通の赤とは違う鮮やかで深い、とても綺麗な色をしていた。


妹が出来た日。
それは、俺たちが7才の12月2日だった。





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