「 帰るべき場所 」










「……、」


眠るアルデの髪を指で撫でる。
すやすやと眠るその寝顔を見ながら頭を過るのは、壁外調査のことであった。


″どうして外へ行けないんですか?″


いつか彼女の口から聞いた、そんな言葉。

それは、とても素朴な疑問だった。
















***














ー…



「エルヴィン、どうするつもりだ。…あいつ、アルデのこと。」
「…どうする?」
「壁外に行かせるのかどうか。それが知りたい。」


内心舌打ちをして早口に返す。


……俺は焦っていた。

アルデを調査兵団の一員として壁外で戦わせるのではという不安に見舞われて。


「今はまだ考えていない。ただ、」


俺の目を真っ直ぐに見てエルヴィンが言う。その瞳は迷いのない瞳だった。


「たとえ人手不足になって彼女の力が必要だとしても、アルデは絶対に外へ出さないつもりだ。」
「……そうか、」


ぽつり、返して考える。
あいつは外の世界への憧れが人一倍強い。

きっと、訓練兵時代もその憧れを糧に頑張って来たんだろう。


「……いつも、待たせることになるんだな。」


外へ出すことは許さない、
かといって待たせるだけというのも酷だと思う。…そんな俺は、我儘なんだろうか。


「───さて、この話はもうおしまいだ。壁外調査は一週間後…、体調もしっかり整えておきなさい。」
「……了解だ。」


半ば強制的に部屋を出され、自室へと向かう。……ひとまずアルデを壁外から遠ざけ、安全は多少なりとも保証された。なのに何故か、気分はあまり良いものではなかった。


「……。」


ドアノブに手を掛けて、小さく息を吐く。意を決したように扉を開けると、そこにはベッドに腰かけて俯くアルデの姿があった。


「アルデ?」
『……、兵長』


はっと息を飲んだ。
見上げたアルデの瞳から、大粒の涙がぼろぼろと流れていく。隣に腰かけて抱き締めると、彼女は俺の腕の中で聞いた。


『どうして…?』
「…?」
『どうして私だけ、外へ行けないんですか…?』
「っ、!」


俺を見上げるそのワインレッドの瞳。
止めどなく溢れる涙に覆われて、切なげに揺れた。


『ごめんなさい、お二人の話を聞くつもりはなかったんです…、でも…』
「……すまない、お前が一番、外へ出ることを望んでいるのに。」


小さく震える細い肩。頼りなげに俺の背中に腕を回す手。何もかもを、護りたいと思った。


「アルデ…」
『きっと守れる命があるはずなのに…っ、なんでですか?』
「それは、」


言いたくないことを、言う。


「その兵士数十人の命よりも、お前一人を失う方が損害が大きいからだ。」
『…え、?』
「お前には人を助ける力がある。その力があれば、壁内の人類の命はほとんど救えるだろう。だから、お前を失うわけにはいかないんだ。」


間違ってはいない。こいつの聞いたことに的確に返事をするならば、これが一番の答えなんだろう。…だが…彼女は唇を噛み締めて、顔を手で覆う。その指の隙間から、ひとつ、またひとつと透明な雫がこぼれ落ちた。


『待っているだけなんでしょうか…?』
「!」
『私は、待っていることしかできないんでしょうか…?』


小さな身体をきつく抱き締めると、アルデの鼓動が小さく伝わる。


「お前は、皆の希望だ。」
『……希、望…?』
「お前が俺達を救ってくれると信じられる、それだけで十分に心強い。…ただ、アルデは座学だけじゃなく立体起動も秀でているから勿体ねぇがな。」


さらりと髪を撫でると、アルデは涙を拭って俺を見上げる。その瞳は、こいつを引き取った時に見た力強いあの瞳。
……迷いは、見受けられなかった。


「お前の戦力は、並の兵士200以上と等価だと評価されている。実力はあるんだから、堂々としてりゃあいい。

俺達はこれから、お前が居るこの場所を目指して帰ってくる。何があっても絶対にだ。」



だから、



「お前はここで、壁外へ行く俺達を見送って、帰ったら迎え入れてくれ。」
『…わかりました。』
「きっと不安だとは思う。脅すわけではないが、きっと迎え入れる時に居ない奴がいるだろう。」
『……っ、兵長…は?』
「俺は死なねぇよ、安心しろ。」



お前が居る限り、な。

額に優しいキスを落として、心の中でそっと笑む。


『はい…────』


安心したように柔らかく微笑んで、目を閉じるアルデ。今思えば、彼女の口から聞こえたその言葉が、俺を強くしたようなものだった。


『絶対に帰ってくるって、約束、ですよ…──』








ー…





「────早いもんだな、」



あの約束から、もう一年以上か。
机の上に置かれた資料を適当に捲って、そんなことを考える。

ふと、一瞬だけ目に留まったそのページには、彼女と同じ姓の男の名前が記載されていたのだった。






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