「 またねの涙 」








「アルデちゃーん!次こっちお願いね!」
『はーい!』


額にじんわりと滲む汗を拭う。
だんだんと冬から春へと変わる暖かい陽気になり、季節の移ろいを感じるようになってきた。


『……空が、綺麗だなぁ…』


どこまでも澄みきった青空を見つめながらしみじみと思う。



……″あの日″から数ヶ月が経った。


私やお兄ちゃん、ミカサ、アルミンは開拓地に移って生活している。いろんなお手伝いをして、その分ご飯や必要なものをもらいながら。生活は苦しくないし、開拓地は安全だった。



……でも、

たくさんのものを失った。
たくさんの人が亡くなっていった。


そっと目を閉じる。



『──…お母さん。』


その優しかった笑顔とあたたかさを思い出すと、目頭が熱くなっていくのを感じた。
大好きだったお母さんとみんなとの、優しい記憶。


私にもっと力があれば、瓦礫を退けてあの怪我だって治せたはずなのに…。





『っ、う…』








あの日から私は、
こうして何度後悔しただろうか。











***











「はー…今日はいい天気だなー」
「うん…少し暑いくらい。」
「二人とも、まだ仕事が残ってる。……アルデは偉い。」


ミカサに頭を撫でられ、小さく笑う。疲れたと寝転がるアルミンと、ただサボっているように息を吐くお兄ちゃんの二人を、ミカサは呆れたように見ていた。

……なんの変哲もない日常、に見えるけれど、そんなものはどこにも存在しなくて。



みんなきっと、
それぞれ心中に抱えてるものがあるはず。それなのにそれを表に出さず懸命に生きている。…そう考えていたら、胸が苦しくなった。


「なぁアルデ。あの日、お前″力″使ってたよな…。」
『……うん、』
「誰かに見られてたらどうすんだよ?父さんだって、使うなって言ってたじゃねぇか。」


離ればなれになっちまうんだぞ、とお兄ちゃんは小さな声で言った。


『……でも、やっぱり放っておけないよ…。お父さんとの約束を破ったことは申し訳なく思ってる。けど、みんな今まで優しくしてくれて、仲良くしてくれてた人なんだよ?

無視なんか、できない。』


そう真っ直ぐにお兄ちゃんを見つめて言うと、そうかよ、とそっぽを向いてしまった。……正直、喧嘩はしたくない。


『ごめんねお兄ちゃん…、でも、もしこの力がお兄ちゃんにあったとして、ミカサやアルミンがひどい怪我をしていたら、どうする?』
「……、そりゃあ、使うけど…」
『でしょ?それと同じ。目の前に助けられる命があるなら助けたいって、そう思ったの…。私、間違ってるのかなあ…。』


お兄ちゃんは、首を横に振った。


「けど、どうしてもって時だけだからな…。」
『うん。分かった。』


お兄ちゃんに笑いかけると、お兄ちゃんも困ったように笑い返してくれた。



「アルデちゃーん!!」


お手伝いをしているところのおばさんが、焦ったように走ってくる。どうしたものかと問えば、信じたくない言葉が浴びせられた。



「調査兵団の人がアルデちゃんと話がしたいってうちに来たのよ…!!今すぐにってさ!」
『え……』




調査、兵団…────?


おばさんの言葉が、どこか遠くに聞こえた気がした。





ー…




「私は、調査兵団兵士エルヴィン・スミス。団長は外せない用事があって、代わりに私と彼、リヴァイで来たんだ。」


二人と向かい合うように椅子に腰かける。

目の前にはどこかで見たような優しげな金髪のお兄さんと、目つきの鋭い、綺麗な黒髪のお兄さんがいた。


『私は、アルデ・イェーガーです。それであの、どんなお話…でしょうか?』
「うん…。今回私たちが来た理由は、君のその治癒の力のことについて話がしたいからなんだ。」
『…!』


いつ誰に、と思ったのは一瞬で。
彼らの服を見て、どんな人から広まったのかはすぐに理解した。


「君が、あの日負傷した兵士の一人にその力を使い、傷を跡形もなく治してくれたと聞いている。間違いないね?」
『そ、れは……』


私じゃありません、って言いたかったけれど。嘘なんかつけなかった。


『……はい、そうです。』


俯いて言えば、エルヴィンさんは柔らかく笑った。そしてすぐに真剣な瞳になって、私に向き直って言った。


「その力を、今ここで見せてもらうことは可能かい?」
『え…』
「傷は私がつくる。それをこの場で治してみてもらいたい。」
『……。』


その力強い瞳から視線を逸らす。

……見せたら、どうなるの?
やっぱり、お兄ちゃんやミカサやアルミンたちと離ればなれになっちゃうの?



嫌だよ…────




「オイ。」
『!』


唇を噛み締めて思考を巡らせていると、低い声がその思考回路をピシャリと断つ。
顔を上げると、リヴァイさんが私をじっと見ていた。……少し、怖い。


「答えは二つに一つだ。やるかやらねぇか。……お前にも思うところがあるんだろうが、こっちは人類存続の為にお前にこうして頼んでいる。」
『……人類、存続…。』
「さあ、どうする?お前の答え次第だ。」
「リヴァイ、止せ。あれほど団長から怖がらせるなと言われていただろう。」
『……。』


お兄ちゃんは調査兵団に憧れている。

巨人を駆逐する、人類滅亡の危機、そんな言葉も彼の口から聞くようになった。

……私のこの力を、少しでも光として生きてくれるのなら…。私の力を信頼して、精一杯戦ってくれるのなら…。それは間違いなく人類のためになると言えるだろう。


『……やります。』
「!ありがとう…。では、やるよ。」


エルヴィンさんがスッと刀で切り傷を作る。手からは血がポタリとこぼれた。…その手に自分の手をかざして、そっと力を込める。

だんだんと傷は塞がり、溢れた血さえも戻っていった。



「!これが…治癒の力──…」


エルヴィンさんが笑う。
リヴァイさんはその様子を見て目を見開いていた。


『はい、治りました。』
「ありがとう…。この力は、どうやって使えるんだ?」
『……傷は大きなものから小さなものまで確実に治すことができますが、病気にはほとんど効き目がありません…。できても、進行を抑えることだけ…。死んでしまった人は生き返らせることもできないし、瀕死状態の人も、なんとか命を繋ぎ止めることで精一杯です。

…一度切り離れてしまった腕を繋いだりとかは、やったことがないのでわかりません。私が分かっているのはここまでで、その他は何も……。』

「では、君自身はどうだ?」
『え…?』
「君はその力を使っていて、何か身体的な負担はないのかい?」

『……正直のところ、この力を使うと体力を消耗します。使いすぎると熱も出たりするし、身体にはとても負担です…。』


そう言えば、エルヴィンさんは私を真っ直ぐに見て言った。


「君は、その力をどうしたい?」
『どう、って……』
「君はどうやってその力を使いたいかと、そう聞いているんだ。」


ワンピースの裾をぎゅっと握りしめて、私も真っ直ぐに見つめ返して言った。



『……人を、助けたい。』
「!」


『私は、目の前に助けられる人がいたら助けたいです…。切り捨てるなんて、できません…。

守れるなら守りたい…。

……それを聞いて、私をどうしますか?』

「……それは、」


涙を流す私に、言葉に詰まるエルヴィンさん。けれど、リヴァイさんは変わらず淡々と言った。


「調査兵団に来い。」
「!」
『……。』
「…人を助けたいんだろう?
守れるなら守りたいんだろう?

なら一緒に来い。
調査兵団にはお前が必要だ。」


手を差しのべられ、それを受け入れるようにその手を取った。


「今すぐ支度をしてくれ。別れの挨拶もしておきなさい。少し時間をあげよう。」


エルヴィンさんは申し訳なさそうに笑った。















***












ー…


「アルデ!!」
『お兄、ちゃん…』


駆け寄ってくるお兄ちゃんに抱きつく。
お兄ちゃんは涙声で言った。


「行くなよ…ッ、!」
『ごめん、もう答えは変えられないの…。』


ミカサもアルミンも、涙を流して抱きついてきた。


「アルデ、行かないで…っ、」
「別れるなんて、嫌だよ…!!」
『っ、うん…ごめん…』


三人の体温が伝わってきて、いろんな思い出が甦ってきた。少しオレンジがかった空が、じわりと滲む。


『私も、離れたくない…っ、』
「じゃあ───」
『でも…もう行かなくちゃ。』


そっと皆を離して、無理して笑う。


『私は調査兵団の兵士の為に、この力を使う。多くの人の命を繋ぎ止めるように…頑張るよ…っ!!』


だから、



『いつかまた、きっと会えるから…!
っ、またね…!!』



手を引かれて歩き出す。背中越しに聞こえてくるお兄ちゃんの泣き声が、私の涙腺を緩めた。


「大丈夫か?」
『っ、はい…』


夕陽色に照らされた、歩いたことのない道。その道を共に歩くのは、いつもの大好きなみんなじゃない。

……これから私が助けたい人たち。


「──…」


リヴァイとエルヴィンが見たのは、涙を拭って前へと進もうとする、力強い瞳。


二人が握ったのは、
とてもか弱い、ちいさな手のひらだった。




[01 ちいさな手のひら end.]

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