「 夢見る夜空 」
『うぅ…寒くなってきたなぁ…』
夜。
窓を開けて屋根の上によじ登る。
この間まで暑いくらいだったのだが、今ではもうすっかり冷たい空気に変わり、景色もだんだんと秋らしいものになってきた。
何故寒いと言いながらも屋根の上に登っているのかというと、星空を見るためであった。
『わ、綺麗…!』
寒いと星空がよく見える気がする、そう思った。濃紺の夜空に散りばめられた星たちは、まるで宝石のように輝いていた。
オレンジや赤、白や青。
どれも同じようで違うそれぞれが、とても美しいと思った。
「よい…しょ、っ!」
『!お、お兄ちゃん…!?』
「へへ、お前の声が聞こえてさ。」
『もう…危ないよ…』
「平気だって。でも、ありがとな。」
心配してくれてさ、とお兄ちゃんは顔を赤くして俯きながら言った。そして、私にマフラーと上着を少し乱暴に投げる。
『わ!』
「ほらそれ…お前の。」
『ありがとう!寒かったんだー』
えへへと笑うと、風邪引くなよ、と笑って頭を撫でてくれた。
「星、綺麗だな。」
『そうだね…。…でも、宝石みたいだけれどお星さまって燃えてるんだって。』
「え?」
『私たちみたいに寿命があるらしくて、とてもその命は長いけれど、いつかは消えちゃうみたいなの…。本当かどうかは分からないんだけどね…。』
「そう、なのか…。残念だな…。いつか、見られなくなるなんて。」
お兄ちゃんがじっとその空を見つめる。
目に焼き付けるように、
記憶に、心に、刻み込むように。
私はそんなお兄ちゃんの横顔を、ただ眺めていた。
『いつか、近くで見てみたいね。』
ぽつりとそう言うと、お兄ちゃんは少し驚いたように目を丸くして、それから優しく笑った。
「ああ、そうだな。いつか……い、一緒に…見に行こうぜ…」
二人でさ、と言うお兄ちゃんの綺麗なその瞳。翡翠色の綺麗な瞳は、淡く熱を帯びているような気がした。
『うん。そうだね!』
笑って、その冷えた手を握る。
お兄ちゃんがいつもしてくれるみたいに、優しく握った。
「あったけぇ…」
『ふふ、お兄ちゃんいつも私が寒いときこうしてくれるでしょ?』
「なんだ、オレが寒いって思ってるのばれてたか…」
隠しきれなかったな、と笑うお兄ちゃんに笑い返す。
隠さなくてもいいのに、気を遣わせないようにってきっと隠してたんだ。
そんなお兄ちゃんの不器用さや優しさを、私はこうしていつも感じている。それがとても幸せなことだと、改めて思った。
『ねぇお兄ちゃん。』
「ん?」
『いつまでこうして、穏やかに暮らせると思う?』
「…アルデ、それってどういう──」
隣のお兄ちゃんの瞳をまっすぐに見つめる。その瞳は、少し不安げに揺れていた。
『もし、壁が壊されたらってこと…かな。』
「!」
『なんとなく、なんだけど…。
そう長くは続かない気がするの…。ここで皆と暮らすこと…。』
ぼんやりと星を見つめてそう言えば、お兄ちゃんは俯いてしまった。
『ごめんねお兄ちゃん…こんな話、嫌だよね……』
「、いや…いい。……この話は、ちゃんと話しておかなきゃいけないような気がしてたから…。いつか、きっと″その時″が来るとオレも思ってる。」
どこか遠くを見るような目で、星空を仰いだ。その暗い空の奥には、なにがあるのだろうか。その黒い空間の果てになにを見ることができるのだろうか。
……なにも、わからない。
「……なあ、オレたちってさ、なにも知らないまま死ぬのかな?」
『……お兄ちゃん、』
「やっぱり外のことに興味を持つことはいけないことなのか?外に憧れるのはおしいことなのか?」
思っていたことを口に出して言われ、小さく心臓が跳ねた。星を見上げるお兄ちゃんの瞳は、なんだか諦めているように感じた。外に出ることを、外を知ることを。
『お兄ちゃん!!』
「っ、わ!?」
勢いよく肩を掴むと、お兄ちゃんはとても驚いていた。
『無知っていうのは、それだけたくさんのものをこれから自分で見つけていける…知っていける。
無知だからこそいろんなことを、ものを知りたいと思う、違う?』
「……違わねぇ。」
『じゃあさ、無知のままで終わりたくないなら探していこうよ、新しいこと。だから諦めたりしちゃ駄目。
大人はみんな外のことに興味を持つと冷たい目をするけれど、きっと昔は私たちみたいに外に興味があったと思うんだ。
だからきっとおかしいことなんかじゃなくて、それが普通で当たり前。』
思ったことを言葉にして伝えていくと、お兄ちゃんの瞳はだんだんきらきらと輝いていって。瞬く星みたいに、淡く強く、光っていた。
『疑問に思うことや、それを知りたいって思うことを恐れちゃ、きっとだめ。誰かが知りたいって言わないとみんな素直になれないまま黙って諦めちゃう…。みんな知りたいことを知ることができないまま一生を終えることになる…。
……そんなの、私はやだ。』
「……。」
『だからね、私は怖がらないよ。……批判されたっていい、悪い子だって叱られたっていい…。知りたいと思うのに理由なんていらないでしょ?』
笑って言えば、お兄ちゃんも嬉しそうに笑って頷いた。
「そう、だよな……。オレも…もう批判されることを怖がったりしない。」
怖がってたらなにも進歩ないもんな、とお兄ちゃん言った。
「アルデ……ってさ、意志が、強いよな。そういうとこ、ほんとすげぇと思う…。」
『……うーん、意志が強いっていうか、やりたいことを諦めないだけ!それがやってはいけないことなら話は別だけど、外に憧れるのは違うでしょ?』
そう言えばお兄ちゃんは、また頷いて笑った。
「いつか行きてぇな!壁の外!」
『うん!……あ!』
キラリ、何かが夜空を流れた。
『流れ星!』
ひとつ、またひとつと流れていく。
手を合わせて目を閉じて、叶えてほしいお願いを心で三回唱えた。
「なあ、なにお願いしたんだ?」
『うーん、内緒!』
笑ってはぐらかして、星空を仰ぐ。
きらきらと瞬く星たちは、私たちを見守るように淡く優しく輝いている。
私のお願い、叶うといいな。
そう思って目を閉じた。
『″お兄ちゃんのお願いが叶いますように″』
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