幸福への翼 | ナノ


▽ 兵長とお買い物



『兵長!』
「ッ、なんだ…いきなり大声を出すな。」


私が兵長にそう言えば、兵長は飲んでいたコーヒーを吹きそうになりながらも答えた。


『今日は買い物に行きましょう!兵長のお洋服とか、マグカップとかお箸とか歯ブラシとか!』
「……そんなの、」
『要りますよね?』
「…………そうだな。」
『はいはい、準備してー!』


日本に来るときに荷物に紛れていた兄の服を着せた。黒いTシャツに袖が七分丈の白いワイシャツ、下はジーンズといたってシンプル。


『兵長…やばいです。』
「……なにがだ。」
『めちゃめちゃ格好いいです!!!』


目をきらきらさせながら話せば、兵長は顔を逸らしてお前も準備しろ、とぶっきらぼうに言った。もっと見ていたいけれど、買い物に行くんだし仕方ないと妥協し、私も出かける支度をした。



ー…



『兵長、これなんてどうですか!』
「、いや…」
『嫌かあ、うーん、じゃあこれとか!』
「……違う……」
『違う?じゃあ……えーと、』
「オイ、話を聞けロシェリー。」


洋服を手にたくさん持って取っ替え引っ替えする私に兵長が言う。


「あまり趣味が悪いのは困るが、お前が選べ。」
『ええ!?ちょ、なんか責任重大じゃ…』
「俺にはよくわからねえからな…。ただ、お前のセンスは悪くないと思っている。だから、頼んだぞ。」
『…はいっ!』


兵長に似合いそうな服や靴を選び、兵長の許可を得てたくさん購入した。兵長はどれも気に入ってくれた様子。


『次は日用品です!』
「わかった、わかったから引っ張るな。」


兵長はなんだかんだ言いながらも面倒見がいいようで、私がはしゃいで引っ張っても嫌な顔ひとつせず付き合ってくれる。本当に、優しい人だなあ。


『兵長、お金あげますから下着買ってきてください!私すぐそこでクレープ買ってきますから!』


にっこり笑って走っていくロシェリー。この国からは少し浮いた美しい人形のような容姿の彼女は、本当にどこへいっても注目の的なんだろう。少しはしゃいで走れば、その辺を歩く人はほとんど振り返る。


「……初めて見る紙幣だ。」


まあ不自由しない金額を渡してくれとは思うので、寝間着を買った数と同じくらいの数を買わせてもらった。……随分とまた釣りが返ってきたな。


「ロシェリー。」
『あ、兵長!』
「釣りだ。」
『どうも!はい、クレープです!』
「…くれーぷ?」
『美味しいですよ?』


食べてみてください、と口元へ持ってくるロシェリー。手が塞がっているから、自分で食えるなんて言えない。仕方なく彼女の手から食べると、程よい甘さが口に広がる。……なんだ、結構美味い。


『兵長、おいしいですか?』


無邪気な琥珀色の美しいきらきらした瞳が俺を見上げる。美味いと素直に言うのが恥ずかしくて、まあまあだと言って顔を逸らせば、彼女は嬉しそうによかったと言った。


『マグカップは何色がいいかなー』


ふと、隣を歩く彼女を見てみる。俺も言いたくはないがあまり背が高い方ではない。だが彼女は俺が見ても小さいと言えるくらいで、150pあるかないかくらいだろうか。


「……。」
『おーい、兵長ー?』


つい見つめてしまった俺の目の前で手を数回振り、きょとんと見上げるロシェリー。ハッと我に返る。


『疲れちゃいました?』


心配そうに見上げる彼女に大丈夫だと言って返せば、俺の少し後ろを着いてくる。本当に疲れたわけではないし、こんなことで疲れていては兵士は務まらない。


『あ。』
「?」


ロシェリーがふと、俺の顔を見つめたまま立ち止まる。


「?どうし──…ッ!?」
『クリーム、ついてましたよ。』


彼女はそっとハンカチで俺の口元を拭ってくれた。えへへ、とまた無邪気に笑って歩き出すロシェリー。本当に彼女には驚かされてばかりだ。


『さあ、兵長!あとはこのお店で足りないのを買えば終わりです!』
「ああ、行こう。」


店に入ると、甘い香りがした。あまり好きではない香りに、思わず眉間に皺が寄る。


『兵長、これどうですか?』


そう彼女が差し出したマグカップは、濃紺から水色に上からグラデーションとなった空をイメージさせる下地に、白で小さな星が控えめに描かれたものだった。


「……綺麗だ、」
『兵長、気に入りました?』


俺の顔を覗き込み笑うロシェリー。
こいつのセンスは悪くない。今までにロシェリーが選んだものを嫌いだと思ったことがまだないし、良いものをいろいろと知っている感じがした。

そして歯ブラシは水色、シャンプーは質が良く香りも嫌いじゃないものをロシェリーが選んだのでそれを買った。箸や茶碗なども買い足し、時間も遅いので帰ることにした。


ー…


『すっかり遅くなっちゃいましたねー。』
「そうだな。」


ロシェリーがプラチナブロンドの柔らかそうな髪を揺らしながら俺の前を歩く。彼女には比較的軽いものを持たせたのだが、もっと持つと言って聞かないので仕方なくいくつか袋を渡した。


「……。」


空を見上げると、月が美しく帰り道を照らしていた。


『兵長!』
「…なんだ。」
『今日も楽しかったです!また今度、一緒にお買い物行ってくれますか?』


じっと俺の返事を待つロシェリー。

確かに色んな場所を回って気疲れしたような気もするし、あまり人混みは好きじゃない。
でも、


「ああ、機会があればそのうちな。」


お前と居る時間は、意外と楽しいと思った。


隣で嬉しそうにえへへ、と笑うロシェリーを見ながら、ふと、考える。


巨人の居ないこの穏やかな日々に慣れてしまうことが、とてつもなく恐ろしいと。



青白い月明かりの中、
お互いそれぞれなことを考えながら、静かに帰り道を歩く二人だった。


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