幸福への翼 | ナノ


▽ パン消失事件




「お、お腹減った…」
「ったく、お前自分の分食ったろ?まだ足りないのかよ…」


エレンがはぁ、とため息をつきながら、呆れた眼差しで彼女を見る。


「……食べてないんです。」
「あ?」
「私のシチューはありました…でも、パンがッ…私のパンが無くなっていたんです!!!」
「無くなったぁ!?」
「…いつも皆のパンを狙ってるから、日頃の恨みで誰かが食べた。」
「…そ、そんなぁ!!!」


ぐはあ、なんて言いながらテーブルに頭を委ねているサシャ。彼女の髪がさらりと揺れた。そんな彼女の隣に、ご飯を食べるべく腰を下ろす。


『わー、サシャの髪って綺麗ー!』
「ありがとうございます…ロシェリー…。」


隣で見て気づいた。艶々しててとっても綺麗!でもなんでだろう?綺麗って褒めてるのに、サシャはあんまり嬉しそうじゃない。具合でも悪いのかな?


『サシャ、具合悪いの?』
「えぇ…胃が空っぽで……」
『た、大変!えっと…えっと……』
「ロシェリー、構わなくていい。サシャはいつもこんな感じだから。」
『で、でもなんか死んじゃいそうだよ!?』


ぐったりと机にもたれ掛かるサシャの表情は、とても健康な人のものとは思えなかった。本当に、死んじゃいそう…。


「ロシェリー、あぁ…聖母のような温かさ…。」
『いや、違うよ!落ち着いて!!えっと…わ、私のパン半分あげる!』
「い、いいんですかッ!?」
「おいロシェリー、お前の身体が持たねぇって!やめとけ!」


エレンが焦ったように制止をかける。
でも、やっぱり放ってはおけないし…私はいつもこれで十分だし…。


『どうせ残しちゃうなら、食べてもらったほうがパンさんも喜ぶよ!!』
「パンさんて誰だよ!?」
「ロシェリー、無理してでも食べて。貴女が倒れたりしたら…私はサシャを…」
『さ、サシャを何!?ミカサ続き!続きは!?』
「大丈夫だって、朝飯もあるしさ!」
「ちゃんと食べないと、ね?」


アルミンにそう言われ、少し落ち込む。
こんなに皆心配してくれてるのに、私はまだサシャにあげたいと思っていた。…すごく申し訳ない…。


『……サシャ、ごめんね!!』


もぐっと口にパンを入れる。


「パァァァン!!!」
『!?』


私がくわえたパンの反対側を、サシャが勢いよく口を開けてかじりとった。す、すごい…これならパン食い競争とか一番だと思う。一口で約3分の1食べてしまった。私が数回目を瞬かせていると、ミカサの掌がサシャの頬に向かう。


「もしこれでロシェリーの体調が悪くなったりしたら、私は貴女を──」
『ちょ、ちょっとストップ!』


ミカサの腕にしがみつくと、ミカサはその手を下げてくれた。そういえば…また言葉の続き聞けなかった…。


「私は、貴女を殺す。」


あ、聞いちゃった……
目が本気のミカサに落ち着いてと言えば、彼女はおとなしく座って私の頭を撫でた。


「み、ミカサ…?」
「次は、無い。」


焦る彼女に冗談だと思うと伝えると、ほっと胸を撫で下ろしてから、ごめんなさいと謝った。


「私、貴女のパンを…」
『いいよそれくらい…サシャは大丈夫?』
「はい、私は平気です…!」
『そっか、良かった。』


笑ってサシャの頭を撫でると、サシャは人懐っこい笑みを浮かべて抱きついてきた。あ、可愛い…なんか犬みたい。


「ロシェリー!あなたはなんて優しいんですか!!!」
『大袈裟だよ…』
「でも、サシャのパンを食べた犯人は一体誰なんだろう?居るとしたら、サシャが前にパンを食べてしまった人とか…」
「ハッ…!」


アルミンがそう言うと、サシャはバッと顔を上げて立ち上がる。そして、真っ先にあるテーブルに向かって走った。


「コニー!!!」
「ッう、うわ!?なんだよいきなり!!」
「私のパンを返してくださいぃぃ!!」


今までの分は少しずつお返ししますから!と頭を下げるサシャを、若干引き気味で見るコニー。


「馬鹿かお前!?何で俺がそんなことしなきゃいけねぇんだよ…」
「え?じゃあコニーじゃないんですか?」
「違ぇよ!!つかお前真っ先に俺のところ来やがったな!?」
「じゃあ誰が…。ハッ…!ジャァァン!!!」
「!?ちょ、おま……こっち来んなぁぁ!!!」


うわぁぁと悲鳴を上げて、後ずさるジャン。まあ仕方ない、あれは怖い。彼はサシャにがっしりと肩を掴まれ、青ざめていた。


「私の、パン…」
「は、はあ!?」
「私のパンを、返してくださいぃぃ!!!」
「!?お、俺はお前のパンなんて知らね……ッうわぁぁやめろぉぉ!!!」


ジャンの頭を掴んだサシャが、そうなんですかと手を離した。


「じゃ、じゃあ一体誰が…!?」


謎が解けない!!!と大声で叫ぶサシャ。ど、どうしよう……このままだと教官が来るかも…!!



───ギィィ…


「今しがた大声が聞こえたが、なにがあったか説明してもらおうか。」
「っ…」


予感的中。
ジャンが焦りながら席に着く。
ど、どうしよう……でも、よく考えたら悪いことはしていないわけで…。話したら、分かってくれるかな…?


「サシャが、まだ腹が満たされないと騒いでいました。」
「……またお前か、」
「!?」
「お前だけ少ないわけじゃないだろう。少しは考えて行動しろ。」
「き、教官……っ、」


パタン


『、ミカサ…』
「でも、間違ったことは言っていない。」
「また、また教官に呆れられましたよ…!」
「それはお前が悪いんだろ!?」


エレンがはぁ、と何度目か分からないため息をついて、立ち上がる。


「オイ、サシャのパンがなくなってたんだとよ。誰か知らねぇか?」


ざわざわと小声で会話が行われる中、アニが言った。


「サシャ、あんたさあ、自分で食べてただろ?」
「……え?」
「白目剥きながらさ。」
「そ、それは…」
「本当さ。」
「じゃあ、なんで私はこんなにお腹が減っていたんでしょうか!?」
「それはあんたが馬鹿やって無駄に走らされてたからだろ?」

「………。」


暫し沈黙が続く。


「へ、へへ…?」
「サシャ…てめぇぇ!!!」

「ご、ごめんなさいぃぃ!!!」



サシャの悲鳴は、教官の耳には届かなかった。どうやら疲れ果てて、ほぼ無意識でパンを食べていたらしい。

これからはちゃんと起きて食べようね、


そう言うとサシャは深々と、
皆の前で土下座をしたのだった。

後にこの話は、訓練兵たちの間で
「パン消失事件」と名付けられ、語り継がれるのだった。




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