▽ 太陽みたいな
「突然の豪雨でぬかるんだせいか、訓練中の事故が多発している。通常の訓練を中断させるのは癪だが、こんなところで怪我なんぞして訓練が出来ないようでは元も子もない。よって、本日の訓練は室内で筋力を補う訓練を各自でやるように。以上だ。」
教官がそう言ってパタンとドアを閉じる。
出て行く際に少しだけ見えた空の色は、とても暗く雨も土砂降りだった。…これじゃ仕方ねぇよなあ…。
「よかった、これで今日は一日ロシェリーやエレンと一緒に居られる…。」
『ミカサ、そばに居てくれるのはとっても嬉しいけど、こんなにくっついたら訓練できないよ?』
「構わない。」
『この子はもう…』
そう言ってロシェリーの身体を寄せて、ミカサが抱きしめる。困ったように、でも笑顔でミカサの頭を撫でるロシェリー。身長の差なのかなんなのか、彼女がとても小さく見えた。
『ミカサって筋肉すごいねー!!』
「そう?」
『うん!かっこいい!!』
「「!!!」」
すごい!ときらきらした笑顔でミカサの腕を控えめに触る。う、羨ましい…ミカサのやつ、さりげなくこっち見ながら鼻で笑いやがって…。俺だって、そのうちミカサなんかよりずっと筋肉付けて背も伸びて、ロシェリーのこと、護ってやるんだから…。
「くそ、羨ましい…ッ」
「?ジャン、お前…」
俺の隣で、同じ光景を見ながらジャンが小さく言う。こいつ、ミカサのことが好きなのか?それとも…ロシェリーのことが…
『ねぇ、エレンも一緒にやろ?アルミンもやるって言ってるし!』
「お、おう!!」
俺が返事をすると、ロシェリーはふんわりと笑って、少し背伸びをしながら俺の頭を撫でた。
「ロ、ロシェリー…」
恥ずかしいから、と言って撫でる彼女の手をそっと握る。小さくて細くて、俺が力を入れたりしたら折れてしまいそうだと思った。
『おーいエレン?手になにかついてる?』
「っ、あ…ご、ごめん!!」
急いでぱっと手を離す。つい綺麗で見とれたなんて、口が裂けても言えない。きょとんと俺を見上げる彼女に、思わず顔に熱が集まった。
「ねぇ、ちょっといい?」
『?あ、アニ!』
「ロシェリー、私とやろうよ。あんたは筋が良さそうだから、いろいろ教えてあげる。」
『…アニが直々に!?』
ちょっと気になるかも…と言うロシェリーとアニの間に入って、アニとしばらくの間ミカサが見つめあう。お互いとても冷たい目をしていた。
「ロシェリーは私たちとやる。貴女はいつものようにサボっていればいい。」
「私はいつもいつもサボってるわけじゃない。たまにはこうやって誰かとやりたくなる時だってあるんだ。……ロシェリー、こっちおいで。」
『えっと…』
「行かないでロシェリー。」
『うぅ…み、みんなでやろうよ?』
「「却下」」
即答で却下と二人に言われ、がーんと顔を少し青ざめさせる。どうしよう、と俺とアルミンの元へやや涙目でやってきた。
『二人とも、私どうしたらいい?』
「うーん、ロシェリーがやりたい方を選ぶか、一人でやるか、違う人とやるか皆でやるか。このどれかだね。」
「…皆がいいんじゃねぇか。もういっそ。」
『そうだよね…でも却下されちゃった…』
「ロシェリー、答えは?」
急かすミカサとアニ。二人はロシェリーを真っ直ぐに見つめてじりじりと近づいていく。だんだんと壁に追い詰められていくロシェリーの瞳からは、涙か零れ落ちそうだった。
『ぅ…あ、あの…っ、私、二人がみんなとやらないっていうなら一人でやる!!』
「「!!」」
交換条件か、とアルミンと二人で呟く。これならあの二人は諦めるのではと思ったのだろう。
「……仕方ない。アニ、」
「はぁ…そうだね、仕方ない。一緒にやってやるよ、ロシェリー。」
『ほんと?』
「本当。」
『えへへ、じゃあいろいろ教えて!』
「痛いって泣くなよ。」
『大丈夫、泣かない!』
嬉しそうに二人の手を取って、広い所まで小走りで向かう。ああいう表情をみると、たまに子供っぽいとこもあるんだなって思う。
「エレン、ロシェリーのことが好きなんだろ?」
「!?な、なに言うんだよアルミン…!」
「でも、ずっとロシェリーのこと目で追ってるじゃないか。エレンがロシェリーの居た世界でどう過ごしていたのかはわからないけど、彼女が来てからずっとそう。」
アニといろいろな方法で戦う真剣な琥珀色の瞳を見つめながら、俺はアルミンの話を聞いていた。……知ってる、自分がロシェリーのことをどれだけ好きかなんて。それは一番自分が知ってるし、あいつが誰を好きかなんて、もう薄々感じてる。
「彼女のネックレスにはなにか意味があるのかな?いつも大事そうに見ているけれど。」
「……ああ、大事なものだ。きっと─…」
あの人と、分けあったものだろう。
「…きっと?」
「……なんでもねぇ。ほら、やるぞアルミン!」
「…うん、そうだね。」
アルミンはなにかを察したようで、それ以上はなにも聞かなかった。ちらりと彼女のいる方を見てみる。身体を投げられたようだが、軽々と空中で体勢を立て直し着地する。
「なかなかやるね、ロシェリー。」
「……手加減したいけど、しないほうが貴女のためなら、私はしない。」
『いいよ!かかっておいでっ』
優しい笑顔で、そう言った。
皆彼女と一緒に居たがる。
それは、彼女の優しさや包容力、
無邪気な一面に惹かれているんだろう。
年上な彼女を、
どこか姉のように慕っているんだろう。
誰だって頼れる存在や心の拠り所が欲しい。
それを、きっと彼女に委ねて──…
「本当に、」
太陽みたいな人だ、
そう、心の底から思うんだ。
『エレン、アルミン!』
「?」
『私だけじゃ手に負えないから、手伝って!』
「──、」
きっと俺も、彼女のその、
ひだまりみたいなところが、好きなんだ。
「ああ、今行く!」
訓練というより体術の練習だけど、
今日は俺の中で、何か答えが出た気がした。
空には輝く太陽が上り、
俺達の小さな世界を照らし出す。
優しい温かさに包まれながら、俺は一歩踏み出した。
.
prev /
next