幸福への翼 | ナノ


▽ 欠けた記憶の




『…。』


服のなかから、そっとそれを取りだして見つめる。光を反射して、キラリと美しく輝いた。…これは、彼と私を繋ぐ鍵。あの日々を確かめるための、唯一のもの。エレンは覚えていたけれど、もしかしたら、彼は忘れてしまっているかもしれない。

あの日々も私のことも、あの左翼を自分が着けている意味さえも。


『……ふぅ、』
「どうしたの?ロシェリー元気ないね…」
『…うん、ちょっとね。』


心配そうに私の顔を覗き込むクリスタに、情けなく笑ってそう返す。そんな彼女の頭を撫でると、クリスタは少し困ったように、でもとても嬉しそうに笑った。
…ああ、ほんとに可愛いなこの子。


「なんだロシェリー、好きな奴でもできたのかー?」



ガタガタッッ



ユミルがやけに大きな声でそんなことを言うものだから、ガタガタという音がそこらじゅうから響く。


『ちょ、ユミルってば!変なこと言わないでよ!!』
「だってお前がそんな浮かない顔してるからだろ?恋する乙女みたいな顔して。」


ニヤニヤとしながら私の頬を引っ張るユミル。うぅ、と声を漏らすと、ミカサが睨んでいたらしく、ユミルが慌てて手を離した。……図星だ。好きな人が出来たわけではない。もう、好きな人が居るんだ。……手を伸ばしてもなかなか届くことがないであろう彼。

どうしたらまた会える?

どうしたら、また優しく笑って抱き締めてくれる?


……いや、考えるのは止そう。

私は、104期訓練兵で上位10位以内の優秀な兵士になるんだ。


今すぐじゃなくたっていい、

私が貴方の元へ自分で追い付いてみせるから。




ねえリヴァイさん。


だからもう少しだけ、

私を、覚えていてくれますか?



『──リヴァイさん、』


空を見上げ小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届くことなく溶けていった。
ぼんやりと憂いを帯びたその琥珀の瞳で空を見上げる彼女を、エレンは遠くから見つめていたのであった。



ー…



「トルド、準備はいいか?」
『はい。』
「…上げろ。」
「はい!」


キキキ…


『…。』


上がった身体をそのまま安定させて、揺れることなく空中で教官の言葉を待つ。


「……お前はいい感覚をしているな。これからもその調子で修練に励め。」
『はいっありがとうございます!』


嬉しくて思わず笑顔になる。
思ったよりも厳しくない教官のせいか、その場の空気が少しだけ和らいだ。


「……次、エレン・イェーガー。」
「は、はいっ!!」


私が終わると、次はエレンだったようで。緊張した面持ちで答えていた。

っ、頑張って…エレン……。


日が暮れるまで練習に付き合った昨日を思い出す。あれは、きっと無駄じゃない。文字通り血と汗の滲むような彼の努力は報われるはず…。


「ッ…!」


ギシギシと音を立てながらもなんとか身体を支え、体勢を保つエレン。
やった…けど……なにかおかしいような?
そう思った矢先、エレンの身体が反転して地面に叩きつけられた。い、痛そう…


「ワグナー、イェーガーとベルトの装備を交換しろ。」
「ハッ」


ワグナーさんとエレンのベルト装備が交換される。


ギシ…ッ


バランスを整えてきちんと体勢を保つエレン。不思議そうに目を瞬かせる彼の様子からすると、やはり装備に問題があったらしい。


「こ、これは一体…」
「装備の欠陥だ。
貴様が使用していたベルトの金具が破損していた。正常なら腰まで浮いた状態から反転しても頭をぶつけられる訳がない。」
「え…?」
「ここが破損するなど聞いたことはないが、新たに整備項目に加える必要がある。」
「な…!っ、で…では適切判断は…」
「……問題ない…修練に励め。」


瞬間、エレンがやったと言わんばかりに両手を上げる。試験が終わり次の人に移行した時、エレンは真っ先に私の元へ走ってきた。


「ロシェリー!!」
『やったねエレン!』
「ああ、お前のおかげだよ!骨を真っ直ぐにするような感じ、なんとなく分かったぜ!!」


ありがとな、と嬉しさのあまりか抱きついてきたエレンの頭を撫でる。とても嬉しそうに笑う彼は、どこかまだあどけない幼い笑みで。やっぱり私と5つ離れているんだなあと、内心しみじみと思うのだった。


ー…


「ロシェリー、帰ろう。」
『うん、ちょっと待ってー!』


そう言って待ってくれているミカサたちの背中を追って走る。


「トルド。」
『?き、教官…』


後ろから聞こえた声に振り向くと、そこに居たのはなんと教官だった。ど、どうしよう…私なにも覚えがない…悪いことしたっけ…?


「少し話がある。貴様らは早く帰って飯を食え。」
『あ、あの…』
「そう怯えるな。何も叱ろうとしているわけではない。お前に、少し話がある。」
『と、いいますと…?』


エレンたちが私を何度も振り返りながら帰っていく。あ、なんか捨てられた子犬見てるみたいで可愛い…。


「お前は、気づいていただろう。イェーガーのベルト装備の欠陥があったことを。……お前一人だけイェーガーのベルト装備を怪訝そうに見ていたからな…」
『…ですが、もしかしたらと疑っていた程度です。』
「…何故、言わなかった。」
『それは…何より確証も掴めませんでしたし、私の出る幕ではないと判断したためです。…それに、教官はもう気づいてらっしゃる様子でしたので。』


そうだ、私は気がついていた。

最近分かったこと、それは、私の記憶から物語のシナリオが綺麗に頭から抜けているということ。人物や場所、爆弾の種類や立体起動装置のつくりなどは覚えていた。しかし、綺麗に物語の記憶だけが抜けていて、どうしても思い出すことができない。


「……そうか、トルド。お前のベルト装備は故障していないか?壊れた装備では実力は発揮できないだろう。」
『大丈夫だとは思われますが…』
「…貸せ。」
『お、お願いします…』


私のベルト装備をほんの気まぐれで見てくれた教官が、目を見開いた。どうしたものかと私も覗くと、なんと私のベルト装備の金具も破損していたのだった。


「……お前は、これであの姿勢を…?」
『はい…これを使って試験に挑みました…。』
「……新しいものを明日渡そう。イェーガーにもそう伝えておけ。」
『はいっ!』


教官はしばらくしたあと、そう言って歩いていった。


『……まさか壊れてたなんて…。』


ちゃんと出来たのに、と首を傾げる私の肩に、何か大きなものがぶつかった。


『きゃ…っ、』
「…っと、悪ぃ!怪我ねぇか?」
『ジャン…!!』


支えてくれたジャンにびっくりした、と伝えると、彼は明るい笑顔で悪かったと言って私の頭を撫でた。


「なあ、ロシェリー今教官となに話してたんだ?」
『ん?ああ…私のベルト装備の話。』
「お前のベルト装備?」
『うん…エレンと一緒で壊れてたんだ…』


えへへ、と笑って言うと、ジャンは目を見開いて私の肩を掴んだ。


「お、お前…じゃあそんな欠陥品使って試験受けたのか!?」
『うん…気がつかなかったし……』
「欠陥品使っても並み以上か…やっぱすげぇなロシェリー。」


お前には敵わねぇ、と笑うジャンに、ふと疑問を抱き投げ掛けてみる。


『そういえば…ジャンはどうしてここに?みんなご飯食べてる頃でしょ?』
「っ!そ、れは…。…っべ、別になんでもいいだろ!ほら、行くぞ!」
『あ、ジャン速いってば…!!』


彼に手を引かれて食堂へ入る。すると、直ぐ様鋭いオーラを纏ったミカサがやってきた。怒ると怖いけどやっぱりミカサは可愛いなぁ。


「ジャン…なんのつもり?どういう理由があってロシェリーの手を握っているの?」
「ジャン、てめぇ…!!」
「ちょ、待てよお前ら…俺はただ…!」
「おーいロシェリー、こっち来い。」


ミカサとエレンがジャンに詰め寄る中、ユミルに呼ばれたのでそちらに小走りで向かう。何かと聞けば、保護だと言われた。


「ねぇロシェリー、本当に何もされてない?」
「そうだぞ、何かされたら言えよ!?」
『だ、大丈夫だよ本当に…ジャンごめんね…』
「いや、俺はいいけど…」
「……ロシェリー、行こう。」
『ミカサ待って…私まだご飯食べてるんだけど…』


パンを半分なんとか食べて、残りの半分は隣で見つめていたサシャにあげた。


『あ、エレン。ベルト装備の件、教官が明日新しいもの渡してくれるって!』
「おう、サンキュ!!」


ミカサに手を引かれて食堂を出る。
あれ、ミカサって背高いんだな…


「ロシェリー、なに?」
『あ、ううん。なんでもない。』


私の記憶が、どこか欠けているせいなのだろうか。

私の前を行くミカサの背中が、
何故かとても懐かしく感じた。


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