幸福への翼 | ナノ


▽ 世界を越えて




『エレン、今日はピクニック行こうか!』
「行く!!」


ぱあっと表情を華やがせ、きらきらとした瞳で私を見つめた。やっぱりあっちではピクニックとかってしないんだなあ…初めて行く子の反応だ。


『お弁当作るから、先に朝御飯食べちゃって?』
「おうっ!」


ホットケーキを美味しそうに頬張るエレンを見つめてそっと微笑みながら、私はお弁当を作るのだった。








* * *










ー…


「うぉぉ…すげぇ綺麗だな!」
『ふふ、まあお気に入りの場所ではあるかな。』


たくさんの木々に囲まれたピクニックに最適な場所。この時期はピクニックに来る人が意外と多いようで、子供や犬なんかが走り回っていた。


「あ、あれなんだ…?」
『え?』
「あの走り回ってるやつ…」


エレンが少しだけ怯えるように私の服を掴んだ。そっか、犬とかあんまりいないのかな?可愛い反応だなあ…。大丈夫だよ、と言った矢先、ボールがこちらに転がってきて、大型犬が勢いよく走ってくる。


『あれはね、犬だよ。』
「!?お、おいあれ…」
『元気だねー』


笑ってボールを拾ったとほぼ同時に、犬が勢いよく私めがけてぶつかった。そのせいか後ろに倒れる私の身体を、エレンが支えてくれた。……やんちゃで可愛いけど、ちょっと痛い。


『ふふ、わっ…くすぐったい…』


その柔らかいふわふわした毛を撫でると、頬を舐めてくる。人懐っこいし、エレンもこういう子なら触れるかも。


「すいませんうちのが…」
『いえ!とっても人懐っこくて可愛いです。もうちょっと触らせてもらってもいいですか?』
「はい、どうぞ!」
『ほら、エレンも。』
「あ…」


意を決したようにおずおずと手を出す。エレンが触れるよりも早く、犬が頭を擦り寄らせてきた。


「わ…ふわふわだ…」


表情を和らげて犬を撫でていくエレン。初めて会う子が人懐っこい子で本当によかったと思う。


『ありがとうございました!』


私がお礼を言って飼い主さんと犬を見送ると、エレンがぽつりと言った。


「初めて見たし触ったけど、なんかあったかくてふわふわで、すげぇ可愛かった!!」
『でしょ!犬って可愛いんだよ!』


言ったあと、ふと思う。
エレンは、まだまだ知らないことが多いんだと。この世界は、エレンの目にどう映っているんだろうか?


『……ねえエレン、この世界にはさ、エレンたちの世界じゃ見ないようなものがたくさんある?』
「そりゃあ勿論。だって信号機とかねぇし、そもそも車なんてのも自転車ってのもない。世界が違いすぎて、驚くことばっかりだ。」
『そっか…』
「……でも、」


爽やかな風が木々を揺らして、葉がぶつかり合う音がする。…少しだけ冷たい風が、私たちの間をすり抜けた。


「──こんなに幸せなら、よかったな。」
『え?』
「俺たちの世界も、みんながこうして笑う穏やかな世界なら…幸せに暮らしていたかもしれないのに。」


エレンの横顔が、少しだけ寂しげに私の目に映る。少しだけ伏せた翡翠の瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。


『でもさ、エレン。』
「?」
『貴方にとって私たちは幸せに見えるかもしれない。でも、それは大きな間違いであって、私たちは誰しもみんなが幸せな訳じゃない。この世界には辛い思いをしたり苦しんだりしながらも、一生懸命に生きている人が居る。』
「──…!」

『みんなが幸せな世界なんてどこにもなくて、これはまやかしみたいな平和の世界。

平和に見えても、



───世界は、残酷なんだよ。』


「……そ、っか…。そうだよな…」


エレンは笑って顔を上げた。
その表情は晴れ晴れとしていて、目には鋭い光が宿っていたような気がした。


「なあ、早く食おうぜ?腹減った!」
『…うん、そうだね!』


お弁当を頬張る彼を見つめて笑う。
そうだ。残酷なんだ。この世界は。彼らみたいに巨人に怯えることはなくても、人同士の争いでたくさんの人が死んでいる。

そんな事実が一番恐ろしくて愚かだと、 私は思うんだ。


だからこんな世界なら、
エレンや、リヴァイさんたちと肩を並べて巨人と戦いたい。

私も、あの世界にいきたい。



心の底から、そう思った。



ー…



「はー、美味かった…。」
『また今度作るね?』
「おう!」


ニッと笑ったエレンが、階段を軽快に上っていく。私も後を追いかけるように上ると、かくんと体が後ろに傾いた。……あ、なんかデジャヴ感。



「──っ、ロシェリー!!」
『あ…』
















「″ッロシェリー!!″」













『──っり、ばいさ…ん、』




行ってしまったあの日の彼の、
必死な表情と重なるエレンの顔。


私はそっと手を出すことしかできない。



その手を、
エレンがぎゅっと握って私を抱き寄せた。





キラリ、


光る右翼は宙をゆるやかに舞う。

エレンが私を守るように、庇うようにして力強く抱き締めた。




──ああ、神様。


────どうか助けてください。









あの人に会うまで、私は死ねない。





そう強く願いながら金色に輝く右翼を握った時、体が重力から解放されたような気がした。それとほぼ同時に辺りは目映いほどの光に包まれて、そのあとはよく覚えてない。





ー…




「──ロシェリー!起きろ!」
『……ん、』
「俺らの世界だ!!」


エレンに抱き締められたまま目を覚ますと、そこにあったのは大きな壁。



ああ、ついに来たんだ私ー…




『進撃の、世界に──…』







[02章:やってきた少年は end.]

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