幸福への翼 | ナノ


▽ 愛するということ



『……ん、』


ふと目を覚ますと、時計は4時過ぎを指していた。なんでこんな時間に…?そう思って身体を起こそうとするが、うまく力が入らない。


『……っ、』


なんで、なんだろう…
頭がぼーっとする…。


『…ッ、…──』


呼吸も辛くて、身体が、熱い─…
私はソファーから立ち上がるとすぐにフローリングに膝から崩れ落ち、倒れてしまった。身体を起こせないまま、冷たい感覚が背中に広がる中意識を手放した。




ー…




「ん、今日は早起きだ…」


時計を見ながら、一人笑む。
いつもは7時くらいだけど、今日は6時前。…よし、ロシェリーさんの朝食作り手伝おっと!


「ロシェリーさん!おはようございま──……、あれ?」


静まり返った部屋。
そこには誰も居ないようだが、ソファーには掛け布団がある。も、もしかしてロシェリーさんを今までここで寝かせてたのか…!?
そう思って謝ろうと部屋の中を進んでいくと、床に倒れている一人の影。



「──、ッロシェリーさん…!!」


急いでその上半身を支えて起こすと、その身体がとても熱いことに気がつく。顔も赤いし、呼吸も浅い…!明らかに風邪の重症状だけど、どうしたら…っ、



『──え、れん…くん……?』
「!ッロシェリーさん…」
『えへへ…ごめんね、風邪引いちゃったみたい…。…朝ご飯もまだ作ってないの……本当に、ごめんね…お腹空いたよね?』


潤んだ瞳で俺を見上げて、弱々しく申し訳なさそうに笑うロシェリーさん。なんでそんなに謝るんだ…ロシェリーさんは悪くなんかないのに…!!


「謝らないでください…!ロシェリーさんは悪くなんかないです、俺…薬とか買ってきますから…待っててください!」
『あ…エレンくん…、そこの棚にお金あるから、一応一万円持って行って…』
「はい!この諭吉さんですね!すぐ、すぐ帰ってきますから…!!」
『うん、ありがとう…信号には、気をつけてね─…』


俺はロシェリーさんをソファーに寝かせて急いで支度をして、近くのドラッグストアまで走った。ここは24時間営業らしいので安心だ。


「あ、あの…風邪薬…ください!」
「はい、少々お待ちください。──こちらでよろしいですか?」
「いっいちばんよく効くやつがいいんですけど、大丈夫ですか…!?」
「お客様からよく効くと高評価をいただいているお薬ですので、大丈夫ですよ。」


店員さんに可笑しそうに笑われるものだから、つい恥ずかしくなる。……ロシェリーさんは随分多めにお金をくれたみたいだ…。お釣りがすごい。


「ありがとうございましたー」


店員さんの声なんてもう遠く。
早く、早く行ってあげなきゃ…っ、こうしてる間にも、苦しんでるかもしれないのに…!


「ッただいま!」
『…エレンくん、随分早かったんだね…おかえりなさい。』


力なく笑うロシェリーさんに、胸が締め付けられるようだった。えっと…こういう薬ってなんか食べた後のがいいんだよな…。……粥くらいなら、作ったことあるし大丈夫だ!


「ロシェリーさん、待っててください!俺、飯作りますから!」
『うん、ありがとう…』


俺がそこにあった黒いエプロンを着けてキッチンに立つと、ロシェリーさんがぼんやりとこちらを見つめていた。気になるんだろうか?いや、でもそれとはまた別な気がする。ピピピピ、と鳴った先に目を向けると、ロシェリーさんが何かを服の中から取り出していた。な、なんだあれ…!?


「ロシェリーさん、それは…」
『ああ、これは体温計だよ。』
「体温計…。それで、熱はどうですか?」
『うん……38度7分かな。』
「人間の平熱って……」
『…36度くらい…。』
「す、すげえ熱…!」


大変だ!と急いで桶に冷たい水とタオルを入れて、ロシェリーさんの元へ行く。…でも…このままソファーじゃだめだよな…。


「ロシェリーさん、すいません!」
『え…?──っ、きゃ…!』


ロシェリーさんを抱えてベッドまで行く。うわ、すげえ軽い…。触れた場所から伝わる彼女の体温はものすごく熱くて、本当は話すのも辛いんじゃないかと思った。


『エレンくん、ごめんね…私重いのに…』
「いや、すごく軽いです!」


ロシェリーさんを布団に寝かせ、彼女の額に絞ったタオルを当てた。


『つめたい…』
「飯できたら持ってきますから、それまで寝ててください。」


不安げに俺の手を握るロシェリーさんは、そっと手を離して『わかった』と小さく頷いて、うさぎのおおきなぬいぐるみを抱き締めた。 彼女のために、なにかしてやりたい。そう強く思いながら、卵粥とやらを初めてだが作ってみることにした。











* * *














ー…


「ロシェリーさん、開けますよ?」
『うん、どうぞ…。』


出来た卵粥と薬と水を持っていくと、ロシェリーさんは寝ずに本を読んでいた。


「寝てなきゃだめじゃないですか。」
『…だって、せっかくエレンくんが作ってくれてるのに、寝てたら悪いと思って…。』
「そんなことないのに…。」
『……あ、それなあに?』
「い、一応卵粥っての作ってみたんですけど、初めてなので味の保証はできません…。」


そう言って土鍋の蓋を開けると、ロシェリーさんの目がきらきらと淡く輝いた。


『わあ…美味しそう…』
「あの、食べさせてあげましょうか?身体も辛いでしょうし…」
『、いいの…?』


琥珀色の大きな瞳が俺を捉える。なんだこの期待の眼差し…?すごく嬉しそうだ。勿論ですと言って、小さな木のスプーンに盛られた粥をふーふーと冷ます。


「え、えっと…あ…あーん…?」


恥ずかしがってるのは俺だけみたいで、ロシェリーさんは嬉しそうにその小さな口でぱくんとスプーンを口に含んだ。


『わ、美味しい…エレンくん、すごく美味しいよ……!』
「よかったです!」


ロシェリーさんは時間をかけながらゆっくりだが、綺麗に完食してくれた。薬を飲んだあと、ロシェリーさんが微笑む。


『エレンくんありがとうね、本当に。』
「いえ、いつもお世話になってるのは俺のほうですから…こんなのなんてことないです。」


へへ、と笑うと、ロシェリーさんはまだ少し辛いようで、時折咳き込んでいる。


『エレンくんごめんなさい…折角来てくれて嬉しいけど、移しちゃうといけないから…』
「そんな、俺は平気です…!」
『、だめなの…お願い、エレンくん…。』
「……ッ、わかりました…」




もっと側にいてあげたい。



ロシェリーさんが眠るまで、
安心するまで、

手を握っててあげたい。


俺に移してロシェリーさんが少しでも楽になるのなら、

風邪を引いたって構わない。



今までなら風邪なんか引きたくないと思っていたし、出来るだけ移さないでほしいとか、ちょっと思ってたかもしれない。


でも、ロシェリーさんだと、


楽になってもらいたいと思う一心で、
すぐに身体が動くんだ。



部屋のドアを閉めて、そっと呟く。




「これが、人を愛するってことなのか…?」






″人間は、愛を知れば変わる″



そう誰かが言った。
確かにそうなのかもしれない。

俺は、変わった。


今までは巨人を駆逐することしか考えてなかった。でも、ロシェリーさんに出会ってから思うんだ。



″護りたい″





ロシェリーさんがその人を護りたいと思うように、俺だってロシェリーさんのことを護りたい。




「──でも、きっと…」



どれだけ俺がロシェリーさんを追いかけても、ロシェリーさんが追いかけるのは違う人。










『″──彼は、英雄だもの。″』




調査兵団の、英雄─…






「──リヴァイ、兵長……?」




憧れていたその人の背中が、
脳裏を掠めた。





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