▽ 懐かしい気がしたんだ
『穏やかだなあ…。』
「そうですね…。」
昼間の2時頃。
二人でフローリングに寝転がって、晴れ渡る夏の空を眺める。入道雲が真っ白く輝いていて、それほど太陽が雲を照らしつけているんだと理解する。
「あの、ロシェリーさん。」
『なに?』
「……もし、俺が帰りたいと強く望んだとして、帰れるなら。ロシェリーさんは、俺と一緒に行きますか?」
『うん、行くよ。あの人のことを、私も隣で護るって決めたもの。』
だから行く、とロシェリーさんは笑った。…連れていきたくない。でも、ロシェリーさんが望むのなら、俺はそれに応えよう。
「約束します、必ず連れていく。」
『ありがとう、エレンくん。』
えへへ、と微笑む彼女の隣に、もっと居たいと思った。……いいな。ロシェリーさんにこんなに愛されて想われて。俺だったら、こんな悲しい思いはさせないし、絶対にそばにいる。でも、それでも護りたいと、行きたいと言う彼女は、本当に健気だ。
『ねえエレンくん。お願いがあるの。』
「?」
『立体起動装置を、使わせてもらえないかな…?』
「え…あ、危ないです!訓練もしてないのに…俺だって、まだ全然…。」
『そこをなんとか…!』
お願い、と言うロシェリーさんの可愛らしさは尋常じゃなかった。そしてその時の俺の判断も正常じゃなかったと思う。
「……っわ、わかりました!」
『ほんと!?やったー!ありがとう!!』
嬉しさのあまりか抱きついてくるロシェリーさん。ふんわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。ああ、もう死んでもいいかも。……いや、だめだ!まだ巨人を駆逐してないじゃないか!!!
『えっと、じゃあお願いします先生!』
「せ、先生!?えーと、じゃあ木の多い場所で人が居なそうな場所とか…って、ないですかね?」
『近くにあるよ!』
「じゃあ、動きやすい服に着替えて、そこに行きましょう!」
『はーい!』
ロシェリーさんは、白いスキニーパンツとミントグリーンの七分丈のシャツを着た。そんなシンプルな服装でも可愛いな、なんて思いながら、ロシェリーさんとその地を目指すのであった。
ー…
「じゃあ、ベルトの設置とかから始めます。そこはここをこうして…」
『おぉ、なるほど!』
俺が指示する通りに的確にベルトの設置を進めるロシェリーさん。こんな俺の説明で分かるなんて、ロシェリーさん頭いいんだな…。
「じゃあ、立体起動装置を着けます。」
『立体起動装置…』
きらきらとした瞳が眩しい。
勝手に使わせて大丈夫なんだろうか、なんて考えながらも、立体起動装置を取り付けた。どう?とくるんと回ってみせる。…うん、可愛いですロシェリーさん。
『えへへ、これ格好いいね!』
「へへ、そうですか?あ、ここを押すとアンカーがそこから出ますから、方向とかちゃんと見ながらやってください!」
『はーい!』
ロシェリーさんは少しアンカーを放ったりする練習をした、が、それだけで木の間を飛び回る練習をしようとしているらしい。……大丈夫かな?
『ロシェリーいきます!』
「き、気をつけてくださいね!」
『はーい!』
アンカーを木に放って、軽々と宙を舞うロシェリーさん。すげえ、もうこんなに使いこなしてる…。
木々の間を飛び回り、綺麗な体勢で進んでいく。身体を斜めにしたり逆さになってみたり、回転してみせたりといろいろ試しているようだ。…すげえ綺麗なフォーム…!
『楽しいね!これー!』
そう言って軽々と着地した。
「ロシェリーさんすごいです!ふわって飛んで綺麗に着地…なにかコツとかあるんですか!?」
『そ、そう…?えへへ、ありがとう!コツは…そうだなあ、囚われないこと、かな?』
よくわからないけど出来た、と笑うロシェリーさん。そんなロシェリーさんを見つめながら、俺は大きな期待と尊敬と憧れ、そして少しだけ恐怖を覚えた。その恐怖とは、あまりにも簡単にロシェリーさんがこれを使いこなしていたこと。訓練は約3年。その間にこの技術を獲得するのに、ロシェリーさんはたった数分だ。……正直、初めて使う人の使い方ではない。
「あの、使ったことあります?」
『やだなあ、こんなすごいのこの世界にはないよー』
あはは、と笑うロシェリーさんから、ふと笑顔が消えた。どうしたものかと焦りながら顔を見てみると、驚いたように目を丸くして自分の手を見つめていた。
「あの、ロシェリーさん。」
『ん?』
「囚われないって、なにに…ですか?」
『…あれこれ考えたって、結局は実戦じゃ役に立たない。だから、自分の可能性とか思考に囚われないってことかな!』
帰ろう?と俺の先を歩いていくロシェリーさん。その華奢で小さな背中を見つめて、考える。あれは男の兵士にも出来ないであろう動きだった。あの動きを言葉で表現するならば、しなやかで美しい、といったところか。軽々とした身のこなしは一つ一つ丁寧で美しい。まるでゆるやかに空を飛ぶ鳥のようだった。
「…自由の、翼──…」
『エレンくん?』
「ロシェリーさん、あの…」
『?』
昨日の出来事を思い出して、ゆっくりと言った。
「俺と、いつか会ったことありませんか?」
『……え?』
「ああッあのっ変な意味じゃなくて!その…良くわかんないんですけど、どこかで会ったことあるような?って、この世界に来たとき思って…。」
『……そっか、いつか…。』
ロシェリーさんはぼんやりと空を見上げながら、ぽつりと言った。とても小さい声だったけれど、俺の耳にはちゃんと届いた。
『私も、そんな気がする。』
「────え、?」
『ごめん。帰ろう、エレンくん。』
ふわりと笑むロシェリーさんに手を引かれて、家路を歩く。また、俺の遠い記憶で、ロシェリーさんの声が小さく、でも確実に響いたのだった。
『″帰ろう、エレン″』
華奢で小さなその背中は、少しだけ頼りたくなるような力強いものを感じさせる。
なんだか、とても懐かしい気がした。
.
prev /
next