▽ 笑顔を思い浮かべて
『えっと、ごめんねエレンくん。私バイトに行かなきゃいけないから、お留守番お願いできるかな?』
「あ、はい…!」
『ありがとう!いってきます!!』
「いってらっしゃい!」
元気よく家を出たロシェリーさんの後ろ姿を見送り、鍵を閉める。まだ何があるか分からない俺に、ロシェリーさんは「戸締まりはちゃんとしてね!」と強く言い聞かせていた。
「、綺麗な部屋だな…」
辺りを見回すと、部屋がとても広いことに気付く。やっぱり一人だと静かだな…。
「みんな、どうしてるかな…」
…俺だけ、置いてきぼりなのか?
みんなが辛い訓練をこなす中、何かを学んでいく中、俺だけ、取り残される。
そんなの嫌だ…!でも、帰れないなら仕方ねぇし…。
「……うぅぅ、」
ソファーに横たわり、そこにあるうさぎの大きなぬいぐるみに顔を埋める。するとソファーからもぬいぐるみからも、ふんわりと香るロシェリーさんの甘い香りが俺の鼻孔をくすぐる。
「……甘い、香り…。」
布団とか洗濯物を取り込む時間まで、と思いながら、微睡んでいく。
「ロシェリー、さん…」
彼女の名前を呼びながら、意識は遠のいていった。
ー…
「、ッやべ!」
気が付くと、取り込んでほしいと言われた時間よりも30分くらいだがオーバーしていた。早くしねぇと…!
「……ふう…これでよし、と。」
取り込んだ洗濯物を見つめ、ほっと安堵のため息をこぼした。
「畳んだら、ロシェリーさん喜ぶかな…」
ロシェリーさんの可愛らしい花のような笑顔を思い浮かべ、洗濯物を丁寧に畳んでいく。途中ロシェリーさんの下着とかあったけど気にしない。…そりゃあ俺だって男だし…気には、なるけど。
そんなこんなで畳み終え、一人仰向けに寝転がった。フローリングの冷たさが心地いい。
「……」
そっと瞼を閉じて、ロシェリーさんの顔を思い浮かべる。やっぱり俺は、心底ロシェリーさんを好きになってしまっているらしい。あの笑顔が、頭から離れない。
甘い優しいあの声でさえ、
俺の頭を痺れさせるには十分だ。
…そして何故なのかは分からないが、ロシェリーさんとはどうも初めて会った気がしない。でも、かといってどこでいつ会ったなんて記憶は勿論無いわけで。
「どこかでお会いしましたか?なんて、ただのナンパじゃねぇか…」
伝えたいのに、もどかしい。
きっと彼女の様子からするにロシェリーさんは首を傾げてそう?なんて聞き返しそうだ。
「俺の、気のせいなのかな…」
再び微睡みかけたとき、
″エレン″
つい一昨日会ったばかりの彼女の笑顔と声が、遠い記憶でも響いた気がした。それが、俺は何故かとても懐かしいと感じたのだった。
ー…
『ただいまー、って…』
音をなるべく立てないように、そっと歩く。眠るエレンくんをなんとか抱き上げて、ソファーに寝かせてブランケットをかける。そこにある畳まれた洗濯物に、思わず笑みがこぼれた。
『……ありがとう、エレンくん。』
自分よりも少し大きくてごつごつしている手をそっと握って微笑む。
今日の晩御飯はナポリタンにしよう。エレンくん喜んでくれるかな?
『……さて、準備しますか。』
エレンくんの髪を撫で、エプロンを着ける。ソファーですやすやと眠る彼の笑顔を思い浮かべながら、調理を始めるのだった。
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