幸福への翼 | ナノ


▽ 確かに居た証




『……ん、』


朝日の眩しさで目を開ける。
ゆっくりと体を起こすと、背中に痛みが走った。胸元で光る金色の右翼を見つめて、また気持ちが込み上げる。


『そっか、もう…帰ったんだ。』


そっと、部屋を出て棚の引き出しを開けてみる。


『……あれ、』


そこにあるのは、彼の立体起動装置と制服、のはずだが、そこにはなにも入っていない。だが、彼が確かに居たことを残す物たちが、私の部屋にはいくつもあった。

傘や服、マグカップや歯ブラシ、お箸やお皿。


前はなかったものが増えていって、
食卓に二つ並ぶのがとても嬉しくて、
……でも、もう並ぶことはないんだ。


『、早く…切り替えなきゃ。』


いつまでもくよくよしてたって、仕方ない。だってあの人は人類最強の、リヴァイ兵士長なんだから。人類の未来の、希望なんだから。


『……またいつか会うまで、死なないで、リヴァイさん。』



そう祈るしかなかった。



ー…



「、ここは─…」



リヴァイは、元の世界に戻っていた。どういうわけか、服装はあの落ちた時のまま。横たわる体を起こすと、そこは自室のベッドの上だった。



「夢、なわけ……。」



そう首もとに触ると、ひんやりとした物に手が触れてハッとする。いそいで胸元にしまわれたそれを取り出すと、それは紛れもなく、自分と彼女で分けあった翼。
銀色に輝く左翼だった。


「、ロシェリーっ……」


握りしめて呟いた言葉は、一人きりの空間に小さく響いた。

記憶やこのネックレスが残っていただけ、ありがたいと思うべきか。それとも、もう少し彼女と居たいと腹を立てるべきか。もう、そんなことは今はどうでもよかった。


彼女と居たことを確かに示す、この銀の左翼があれば、俺はこれからも頑張れる。いつかロシェリーと再会するその時まで、俺は絶対に死なないと約束しよう。

後にエルヴィンに聞くと、兵士たちは兵長が消えたと騒いでいたそうだが、俺が居なかったのはほんの数分間か、または数時間らしい。どうやってここまで歩いてきたかは分からないが、自らの足でここまで来たという。……こちらでの数時間が、あちらでの数十日。……このままだと、俺が知らないうちに、彼女はどんどん成長していくのではと考えた。


「リヴァイ。」
「……なんだ、」
「お前、少し雰囲気変わったな。」
「…そんなことねぇだろ。」
「いや、柔らかくなった。」


エルヴィンがにこりと笑う。
……こいつの笑顔は、どうも苦手だ。



「なあ、居なくなっていたあの数時間、リヴァイはどこで何をしていたんだ?」
「……、エルヴィン」
「なんだ?」
「お前は、この話を信じないかもしれねぇ。でも、それでもいい。あいつと過ごした、平和な世界での話を、聞いてほしい。」
「ああ、わかった。」


エルヴィンは、黙って俺の話を聞いていた。あいつと過ごした、巨人の居ない平和な世界、初めて見るもの、やるもの、感じたもの、全てを話した。


「こんな話、信じられねぇとは思う。俺自身、最初は夢でも見てるんだと思ってた。……別に信じなくてもいい。」
「いや、信じよう。お前が嘘を吐く理由もないし、嘘だとは思えない。その首にかかったものもきっと、大切な思い出の品なんだろう?」
「!……まあ、な。」
「……その平和な世界での記憶は、彼女の存在は、きっとお前を強くする糧に、巨人の居ない未来に繋がるための光になる。大切にしなさい。」


もう遅いからリヴァイも寝た方がいいと促され、部屋に向かった。


「……。」


ベッドに横たわるが、頭に浮かぶのは、柔らかく笑うあの少女の姿。








『″リヴァイさん″』









「……、俺とあいつは──…」


お互いに違う空間に居た存在同士、磁石の同極みてぇに、離れることが必然の存在だったのか?……こんなのは、初めてだ。胸が上から圧迫されてるみてぇな、苦しさ。
この世には神ってのが居るのか居ねぇのかは分からねぇが、もしこれがそいつの悪戯ってやつなら俺はそいつを憎むだろう。
こんな形で巡り会わせ、こんな形で引き離す。こんなに苦しくなるのなら、お互いに会わない方がよかったのではとさえ一瞬思ってしまうほどだった。



「……それでも、」



きっと俺は、
生涯お前以外を愛すことはねぇだろう。



その言葉を飲み込んで、浴室へ向かうリヴァイだった。




ー…




『ふう、』


二人分作ることに慣れてしまい、今日も食材を切っている途中で気がついた。……やっぱり、すぐには無理だよ…。

早めに寝ようと寝室のライトを消そうとしたとき、





──ガッシャーン!!




『、え……』



遠い記憶と、懐かしい彼と出会った日の音に重なった。私は、もしかしたらという期待を膨らませながら、そっと、ドアを開けるのだった。



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