幸福への翼 | ナノ


▽ 覚めない夢



『リヴァイさん!』
「なんだ。」
『今日は一緒にお買い物に行きましょう!』


この間の敬語が抜けた彼女は、一晩経つとすっかり元に戻っていた。
嫌いじゃねぇが、敬語は距離を置かれているみたいであまり好きじゃない。


「…別に構わねぇが。いきなりどうした?」
『この間、またお買い物に一緒に行こうって言ったので…。…やれることはやっておきたいじゃないですか!』


にこりと微笑んだロシェリーに笑い返す。


「お前の頼みなら、仕方ねぇな。」


そう言いながら支度を始めるのだった。



ー…



「悪い、先に行っててもらえるか?寄りたいところがある。」
『はい、じゃあそこのお店に居ますから、用が済んだら来てください。』


わかった、と言い、彼女と別れる。
歩き出した俺の手に握られているのは、あちらの世界で使っていた硬貨。一体この世界でどれほどの価値があるのか、調べておきたかった。


「いらっしゃいませ。」
「ああ、これの価値を調べてもらいたい。」
「か、かしこまりました…少々お待ちを…!!」


俺からそうっと金の硬貨を受け取る鑑定員。…そんなに慎重に扱うほどのものではないと思うが。


「お待たせいたしました、こちらの硬貨一枚の価値を金額で表しますとー…」
「!?桁間違ってんじゃねぇのか…。」
「いえ、正しい金額です…。」


俺が見た数字は、0の数が少なくとも6個以上はあったような気がする。
この世界では、とても価値の高いものらしい。


「現金に替えることは可能か?」
「はい、只今お持ちいたします。」


これで、なにかあいつに買ってやるか…。
ひとり、息を吐きながらロシェリーの笑顔を思い浮かべ、薄く笑うリヴァイだった。



ー…


『うーん、』
「どうした?」
『あ、リヴァイさん!用事はもう済んだんですか?』
「まあな。」
『これ、どっちがいいと思います?』
「服か…。」


正直俺には未だ良くわからないことなのだが、ロシェリーの服の好みや似合うものは把握しているつもりだ。はっきり言ってしまえばどっちがいいと聞かれたところで、どちらも彼女に似合うと思うし、選べないというのが本音だ。


「どっちでもいい。」
『そ、そんな…!素っ気ないですリヴァイさん!』


がーん、としょげる彼女に吹き出しそうになりながらも、そっと彼女の髪を撫でる。


「そういうことじゃねぇよ。…どっちもお前に似合うから、選べないって意味だ。」
『…』


俺がそう言うと、しばらく間が空いてからえへへ、と照れくさそうに笑う。陽だまりみてぇなやわらかくて優しい笑顔に、胸の奥がきゅんとした気がした。


『リヴァイさんがそう言ってくれるなら、両方買っちゃいます!』
「ああ、そうしろ。」


ふっと笑って言うと、ロシェリーはまた無邪気に笑って会計に行った。そんな彼女の小さな背中を、ぼんやりと見つめていた時だった。


「…ッ!?」


ぐにゃり、空間が歪んだ気がした。


「…もう、時間がねぇのか…。」


ほぼ無意識で言った言葉にハッとする。
何故そう感じたのかは分からない。だが、きっともう別れが近いんだろうという意識は前から薄々あった。でも、せめて。


「……、」


これだけでも。
そう心で呟き、それをジャケットの内側にある胸ポケットにしまったのだった。






* * *















ー…


「なあ、」
『はい?』
「これ、どっちか好きな方選べ。」


そう言ってロシェリーが渡されたのは、小さな箱だった。細長い、綺麗な箱。なんだろう?と可愛らしく首を傾げるロシェリーに、いいから開けろと言う。


『───わあ、綺麗!』


箱を開けた瞬間、ロシェリーの表情がぱあっと華やぐ。その箱のなかには、二つのネックレスが入っていた。片翼ずつになった、シルバーとゴールドのネックレス。シルバーのほうには、ブルーの宝石、ゴールドの方には、オレンジの。それぞれちいさな宝石が埋め込まれていて、とても綺麗だった。


『私、こっちがいいです!』


そう言ってロシェリーが選んだのは、ゴールドの右翼。


「こっちに来い、ロシェリー。」
『?はーい。』
「そこ座れ。」


座らされたのは、リヴァイの目の前。
リヴァイはゆっくりとゴールドのネックレスを手に取り、ロシェリーの首に着けた。


『私も、つけてあげますね。』


ロシェリーもふんわりと笑み、リヴァイの首にそっと着けた。


「いつかまた会ったとき、お互いがお互いと認識できるための鍵だ。もしかしたら記憶が飛んでるかもしれねぇからな。」
『……鍵、か。』
「だが、俺は絶対にお前を忘れない。……これを見る度に、お前のことを想う。」
『そんなことしたら、リヴァイさん彼女出来なくなりますよ?』
「そんなもの、いらねぇ。俺は、お前しか大切にするつもりはねぇからな。」
『、リヴァイさん…。』


俺が言った言葉に、困ったように、でも嬉しそうにはにかんだ。


「愛してる、ロシェリー。」
『……私も、リヴァイさんを愛しています。』


優しく、きつく抱き締めあった。


「今日は、外食でいいんじゃねぇか?お前の側に居たい。」
『たまには、いいかもしれないですね。』

そう言って、夕日色の中家を出る。
エレベーターは今工事中らしいので、階段で降りる。面倒だけれど、リヴァイさんと長く居られるからいいかと思ったその矢先。





ほんの、一瞬だった。




階段の段差から足を踏み外した、その一瞬。私の身体は、宙に浮いた。



『──…!』
「ッ、ロシェリー!!」


リヴァイさんに咄嗟に腕を掴まれ、そのまま踊り場に投げ出される。壁にぶつかる背中に痛みが走るけれど、そんなことは気にしていられない。


『──っリヴァイさん!!』





私の身代わりとなり、落ちていくリヴァイさん。キラリと、夕日に反射した銀色の左翼。それはスローモーションみたいに流れて、リヴァイさんに手を伸ばすけれど届かない。



「──…」



リヴァイさんは、その口をゆっくりと動かして、確かに言った。







「″あ い し て い る ″」





辺りは一瞬光に包まれて、真っ白な世界が見える。リヴァイさんは、光の中に消えていった。



『……』



踊り場で呆然と座り込む私。その場に居るのは私ただ一人。そこに、愛しいあの人の姿は、もうない。




『っ……リヴァイさん、』



涙が、溢れて止まらなかった。




『、夢なら……覚めてよ…ッ』





呟いた言葉も虚しく、一人きりの階段に溶けて消えた。夢ではないのだと、嫌でも理解した。




21日目の夕方、


愛しい彼は、そこに居ない。
静かに頬を濡らす涙は、一粒、


彼が居たことを、
彼が私を愛してくれたことの形を痛々しいくらいに残す、この金色の右翼に、



ぽつり、


やけに響いてこぼれ落ちるのだった。









[01章:兵長と過ごす夏休み end.]

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