▽ 心音が伝わるくらい
『リヴァーイさんっ』
「?…ッ!!」
仕事が休みだという月曜日。
朝食やその他の家事が終わったロシェリーは、ソファーに腰かける俺に抱きついてきた。
「……だいぶ、甘えるようになったな?」
そう言って笑うと、ロシェリーは照れくさそうにえへへと笑って、俺の首に顔を埋めた。
『リヴァイさんて綺麗ですねー』
「!?」
いきなり綺麗だと言われ、物凄く驚く。そんなこと言われたのは初めてで、しかも男に綺麗なんて言うやつそうそう居ない。
「お前はいきなり何を言いだすんだ…」
『でも、綺麗なものは綺麗です。』
悪戯っぽく笑うロシェリーは、とても可愛かった。……こいつもすごく可愛いが、綺麗だとも言える。
「お前のが綺麗な面してんじゃねぇか…」
『へ?』
「……なんでもねぇよ。」
なになにー?と聞き返してくるロシェリーを、なんでもないとはぐらかす。本当にふわふわ天然野郎だなこいつ…。
『えへへ、幸せー』
「そりゃあよかったな。」
ぎゅうっと俺の腰に抱きつくロシェリーは、甘えるように擦りよってくる。そんな彼女の頭を撫でてやると、ぽつりと口を開いた。
『ねえ、』
「…どうした?」
目を伏せて言うロシェリーの声は、どこか寂しそうで。つい心配になってロシェリーの頭や頬を撫でれば、ゆっくりと目線を合わせるように顔を上げた。
『いつ、帰っちゃう…の…?』
思わず息を呑んだ。
そう言って俺を見上げるその美しい琥珀色の瞳は、切なげに揺れていた。いつもより水分を多く含む彼女の瞳に戸惑う。
『たまにね、こうやって幸せだなって感じていると…ふっと考えちゃうの。』
「…。」
『リヴァイさんは、いつかは帰らなくちゃいけないんだなって…。』
帰らなければならない、
確かにそうだ。巨人なんていうクズみてぇな生き物を絶滅させなきゃいけねぇ。…俺は、調査兵団の兵士長なんだから尚更だ。
『もし帰るときに私が行かないでって言ったとしても、迷わず帰って。……リヴァイさんは、皆の希望なんだもんね。』
迷ったりなんかしないか、と笑う彼女の声は、少し震えていた。
「……ロシェリー、」
『…なに?』
「俺はお前の言う通り、ちゃんと時が来たら帰らなきゃいけねぇ。……きっと、この世界に居るには俺は異質すぎるだろう。」
そっと空に手を伸ばす。空は向こうと変わりない澄みきったものだった。
『…。』
「……お前を連れていって帰りてぇとこだがな、それじゃあお前があまりにも辛いだろう。あっちの世界は、こんなに穏やかなもんじゃねぇ。」
『……知ってる。よく、知ってるよ…。』
「危険だと分かりながら連れていくなんてことはできない。だからお前を置いて、俺は行くしかない。」
『うん…。』
「きっと、この果てが見えねぇ空は、俺らとお前のこの世界とを繋いでいるだろう。離ればなれになっても、いつかまた会える。……だから、」
今にも泣きそうなロシェリーの顎を掬い上げて、その綺麗な唇にキスをした。
「今は、そんなこと考えるな。」
『…っ、ふぇ、う…』
涙をぽろぽろと溢すロシェリーは、俺の存在を確かめるように抱き締めた。そこに今までの笑顔のロシェリーは居ない。ここに居るのは、涙を流すか弱い少女だ。
『リヴァイ、さんっ…リヴァイさん……!』
「大丈夫だ。俺は、ここに居る。」
『……やだ…行っちゃ、やだ…っもっと、リヴァイさんと一緒に居たい…!』
俺の腕の中で泣くロシェリーは、そう言った。その言葉に俺は、心が揺らいでしまいそうだった。俺だって、できることならロシェリーとずっと居たい。でも、俺は…いつか、帰らなきゃいけねぇんだ。
「俺も、出来ることならお前の側にずっと居て、お前を護りたい。でも、きっとお前をこれから隣で護っていくのは、俺じゃねぇんだろう。……俺なんかよりお前に似合ういい男が、現れるさ。」
『っ、そんな……こと、』
言わないでよ、と小さく言った言葉を、俺はちゃんと聞いた。俺だってこんなこと言いたくねぇ。でも、俺はロシェリーを生涯護ることは、叶わねぇんだと思う。
『……リヴァイさん、』
「なんだ?」
『私まだまだ子供で…我が儘ばっかり言って、リヴァイさんのこと、たくさん困らせて。……本当に、ごめんなさい。』
涙を指で拭って笑って見せたロシェリーは、晴れ晴れとした笑顔だった。
『でも、あとちょっとだけ甘えさせて?なんとなく、もうすぐお別れな気がして…。』
「ああ、好きなだけ甘えさせてやる。」
そう言って抱き締めながら、ふと思う。そういえば敬語無くなったな…と。まあ、この方が良いのだが。
「……お別れ、か。」
『リヴァイさんはどんなかんじする?』
「……よく、わかんねぇ。」
ロシェリーを抱き締めたまま、ベッドに倒れこむ。ロシェリーは小さい子供のように無邪気な笑みを浮かべ、楽しそうにはしゃいでいた。……どんな感じ?か、俺も同じだ。明日にでも帰るときが迫ってるような、そんな感じがする。
……身体鈍ってねぇかな…。
『リヴァイさん、ぎゅーってして。』
「?もうやってるだろうが。」
『もっと、ぎゅって…。』
そう言って身体をもっと密着させるロシェリーは、とても柔らかい甘い香りがした。
『リヴァイさん、』
「なんだ?」
『今もこれからも私はきっと変わらない。貴方が、好き。』
眠いのか、とろんとした目でゆっくり話すロシェリー。そっと目を見つめたまま頭を撫でてやると、気持ち良さそうに瞼を閉じた。
『Ich liebe dich immer und ewing...』
「!」
微睡みの中ロシェリーはそう言うと、規則正しい寝息を立てる。
「、馬鹿野郎。」
ふっと笑い、眠るロシェリーに口付けた。
「そんなこと言ってると、迎えに来ちまうぞ…」
そう言った俺もまた、微睡みのなかロシェリーの言葉を反芻しつつ、眠りにつくのだった。
『″Ich liebe dich immer und ewing...(永遠に貴方を愛します)″』
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