幸福への翼 | ナノ


▽ 憂鬱トロップフェン



『じゃあバイトに行ってくるので、お留守番お願いします。』
「ああ。」
『……リヴァイさん、そんな寂しそうな顔しないでください…。行きづらいです。』


そんな顔してない、とそっぽを向いてしまう彼の頬に手を添えれば、彼は私の手にそっと自分の手を重ねる。


「……早く、帰ってこい。」


ぎゅ、と私の手を名残惜しそうに握るリヴァイさんに微笑んで、わかりましたと言う。


『あ、なにかあったらここに電話してくださいね。』


と、手渡したのは私の携帯の電話番号。もう彼が来てから早いもので、今日は15日目。電話の使い方も理解したリヴァイさんは、分かったと言って頷いた。


『ちゃんとお留守番できたら、夜はリヴァイさんの好きなもの作ってあげますから。』
「……ハンバーグな。」
『ふふ、じゃあよろしくお願いしますね。』
「気を付けてな。」
『はい、いってきます!』
「いってらっしゃい。」


ちゅ、と軽いリップ音が部屋に響く。突然のことにきょとんとしていると、どうやらリヴァイさんが私の腰に手を回して抱き寄せて、唇にキスをしたらしいことが判明した。

は、恥ずかしい……!


『い、いってきますっっ』
「ああ、いってらっしゃい。」


私は間違いなく顔が真っ赤だろうと思いながら、頬を両手で包んでその場から走り去った。視界に入ったリヴァイさんが口角を上げていたのなんて、もう見ないふりだ。

『もう、』


彼の唇が触れたところを指でなぞる。……まだそこだけすごく熱いような錯覚にとらわれながらも、職場に向かう。

その時、空は灰色だった。


ー…


ザァァァ……


「?雨か…」


急に降り始めた雨。
空が暗くなり始めたと思い洗濯物を取り込んでおいて正解だったな…と思いながら、窓ガラス越しに怪しい空を見つめる。そこで、ふと思い出した。


「あいつ、傘持ってったか…?」


玄関の傘立てには、見事に俺の傘とロシェリーの可愛らしい傘が並んで立てられていた。思わずなんてことだと眉間を押さえる。


「″今日の夕方からのお天気です。関東地方は、今日は夜まで雨が止むことは無さそうですので、仕事からお帰りの際は雨に十分お気をつけて──……″」
「……止まねえのかよ。」


丁度ニュースでやっていた天気予報では、気象予報士とやらが穏やかにそんなことを言っていた。……これは、


「……届けに、行くか…。」


この間行ったショッピングモールから見える店だと教えてくれたし、場所はなんとなく把握している。


「…まだ時間あるな、」


時計は時刻3時前を指していた。
ロシェリーの仕事が終わるのは5時、ここからあの辺までは徒歩で約30分といったところだろう。……立体起動装置さえ使えたら苦労ねえんだろうな…なんてことを考えながら、部屋の掃除機をかけるのだった。



ー…


『……あちゃー、』
「あらロシェリーちゃん、傘忘れ?」
『あ、はい。曇りかなーって思って油断しちゃいました。』


あはは、と職場の先輩に言うと、先輩も忘れてきてしまったようで、私もーと眉を下げて笑った。


「まだ止みそうにないけど、ロシェリーちゃんもうバイト終わりだから…どうしようか?」
『ううん……どうしましょう…。さすがにこの天気を傘なしじゃあキツいですよねー…』


閉店まで好きなだけ雨宿りしてけ!と私の頭を撫でる先輩。先輩の優しさに思わず笑みがこぼれる、が、ある問題を思い出した。


『ハンバーグ作らなきゃ…』


呆然と呟くと、カランカラン、と店のドアが開いた音がする。


『あ、おかえりなさいませ、ご主人さま!』


そう決められた台詞を言って顔を上げると、そこに居たのはよく見慣れた彼の顔。


『り、リヴァイさんっ…!?』


しまった、と口を押さえる。リヴァイさんにメイド喫茶での仕事のことちゃんと話してなかったのもまずいけれど、進撃好きな先輩がたくさんいるこのお店でそれは禁句。だってバレちゃうもん…。


「……オイ、その格好はなんだ。」
『ええと、ここの制服です。』
「、もう仕事終わりだろ。早く着替えろ。」
『ご、ごめんなさいっ』


急いでロッカールームに行こうとすると、後ろから腕を掴まれる。


『きゃ…』
「ロシェリーちゃん帰っちゃうのー?」
「もう少しだけ!ね?」
『で、でも…私……』


お客様にやめてくださいとはっきり言うのも失礼だし、リヴァイさんの目が怖いし、どうしたらいいんだろう…。


『す、すみません。私早く帰ってハンバーグ食べたくて…』
「ハンバーグならメニューにあるじゃん!一緒に食べよう?」
『ええと…』


困っていると、ドスの利いた声でオイ、と後ろから聞こえた。


「な、なんだよお前…」
「そうだ!俺たちはロシェリーちゃんと話してるんだ。邪魔するな!」

「なんだ、だと?
────俺は、こいつの恋人だ。」

「「こ…っ!?」」

「分かったらその汚え手をさっさとロシェリーから離しやがれ、このクズ共が。」
『ちょ…リヴァイさん…!』
「…お前は着替えてこい。」
『あ……はい、』


お客さんやリヴァイさんに背を向けて、小走りでロッカールームへと向かった。



ー…



「帰るぞ。」
『……はい、』


傘を届けに来てくれたのに、なんかすごいことになっちゃったな…と、傘の上で踊るように弾ける雨粒たちの音を聞きながら、そっと思う。傘を少し上に上げて、私の少し前を歩くリヴァイさんの背中を見つめる。…彼は、一言も話さない。……怒ってる、かな…?


『あ、の……』
「……なんで言わなかった。」
『…ごめんなさい。』
「俺は謝れなんて言ってねえぞ。」


ふいにリヴァイさんが私を抱き寄せて、首もとに顔を埋める。傘が落ちてしまうけれど、そんなの気にしない。


「…なあ…ロシェリー、」
『…はい。』
「俺は、お前のことが大切で、大切で、愛しくて仕方ねえんだ…。だから、あんまり俺を、不安にさせないでくれ…。」
『リヴァイ、さ…、っ…』


怒っていると思った彼の顔を見上げると、リヴァイさんの唇が私の唇に重なった。彼の整った綺麗な顔が目の前にある。今は体に降り注ぐ雨の冷たさも、体が熱いから心地いい。そっと、目を閉じた。


「──、ハンバーグ。」
『へ?』
「ハンバーグ、食いたい…」


唇を離した途端、子供のように言うリヴァイさんに思わず笑ってしまう。


『じゃあ、早く帰って作りましょうね?』


笑って傘を拾い、リヴァイさんの手を引っ張って走り出す。



「……また、あんなやつらがいるとこで働くのか…憂鬱だ。」



リヴァイがため息混じりに呟いた言葉は、ロシェリーの耳には届かないのだった。


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