幸福への翼 | ナノ


▽ 眠る君の隣で



「ん…」


朝日の光で目が覚める。
なかなか悪くない目覚めだ。

部屋もよく片付いているし、埃も見当たらない。
ロシェリーは綺麗好きなのか几帳面なのかは分からないが、俺はそういえばこの家に入ってから汚いと一度も言ったことが無い。それも住み心地がいいからなのであろうとは思う。が、白とミントブルーを基調とした部屋の雰囲気も気に入っているが、やけに女らしい部屋だ。…もしかすると、この部屋は…。


ガチャ、


「…ハア、やっぱりか。」


溜息をつき、リビングのソファーですやすやと眠る彼女を見つめる。睫毛はとても長く、驚いたことに白い。肌も陶器のように白く滑らかで、本当に人形のようだ。


「っと、そんな場合じゃなかった。」


彼女の寝顔をまじまじと見つめてから我に返る。
そういえばこの家には部屋がいくつあるんだろうか。…まずはそれの確認からだな。


ロシェリーを起こさないように静かに行動する。
もうここに来てから10日が経つというのに、今まで何故気がつけなかったのだろうか。…思い返せば、毎朝彼女のほうが自分より早く起きていて、自分が起きる頃にはもうすでに朝食の準備をしてくれていた。


「空き部屋が二部屋か…。しかも随分広いな…。」


こんなにスペースがあるのに、彼女は何故使わないのか。もしかしたら何か目的があって空けているのだろうか。様々な疑問を自分の中で張り巡らせつつ、家の中の把握。
私室3部屋、リビングにキッチン、手洗いと風呂、脱衣所。…こんなに広いところに今まで一人で暮らしていたというのか。


『ん、ん…?』


その琥珀色の瞳がうっすらと開かれ、俺の姿を捉えた。


『あ……り、リヴァイさん…?ごめんなさい、私あの…』
「いや、落ち着け。大丈夫だ。」


寝坊したとでも思ったのだろうか、慌てて起きる彼女のもとへ行き宥めれば、ほっと一安心したようにまたソファーに身体を預けた。


『どうなさったんですか?今日はお早いですね。』


にこりと柔らかく笑って言うロシェリーにああ、とだけ一言返せば、彼女はまた優しく笑った。そして、彼女の傍らに腰を下ろした俺の髪をそっと撫でる彼女は、とても穏やかで。そんなあどけない表情を見たら、やめろなんて言えなかった。細くて長いしなやかな指が、俺の髪を梳く。…正直心地いい。


「お前は、いつもここで寝ていたのか?」
『?はい。』
「……何故言わない…。」
『あ……ほら…私小さいですし、ソファーが大きめなので結構丁度いいんです。それに、リヴァイさんにはゆっくり休んでもらいたいですし…。』


ふにゃりと笑うロシェリーの頭を少し乱暴に撫でる。……こいつはこんなこと考えてたのか…?俺が気を遣わせてたのか…?


「オイ、布団は?」
『一人暮らしだから、買ってないです…。』
「……じゃあ、お前このまま俺が帰らなかったらずっとここで寝るのか?」
『……。』


そういえばこいつは学生だ。
食費も生活費も仕送りなんだろうか。金銭的には余裕があるようではあるが、このままずっとこいつに世話になるというのも申し訳ない。


『……どうしましょう、さすがに買わなきゃですかね、布団。』


ぼんやりと話すこいつに、なにか俺がしてやれることはないのだろうか。


「……なあ、お前生活は今までどうしてたんだ?親の仕送りとかか?」
『…はい、まあ仕送りも月に結構な額が送られてきますけど、バイトもしてます。』
「…働いてるのか。」


この数日間でそんな素振りが見当たらなかったため、少し驚いた。


『結構時給高くて、いいんですけど…お客様が困るんですよね…。』


ふふ、と苦笑するロシェリー。
その話し方からすると彼女がしているのは接客業らしい。


「…いいかロシェリー、これからはお前がベッドで寝ろ。」
『……え、』
「俺はお前に世話になっている身なんだ。俺に気なんか遣わないでもっとお前の好きなようにしろ。」
『……でも、私は、』


ソファーで十分なのに、と小さく漏らす。
なんだかこいつのためを思ってやったことなのに、俺がいじめているみたいな感覚になる。あまりにも、ロシェリーが悔しそうに唇を噛み締めるから。


「、ロシェリー…唇が切れるぞ。」
『ッ私は、』
「…?」
『私は、ソファーでいいんです!!!ソファーで寝かせてください!!!』
「……駄目だ。許さない。お前はベッドで寝ろ。」
『私がリヴァイさんにベッドで寝てほしいんです!!!お願いします!!!』


くそ、なかなか引ねえなこいつ…。


「俺がソファーで寝たい。」
『で、でも!ちょっと狭いですし、身体も痛くなりますし、リヴァイさんには快適に寝てもらいたいのでおすすめできません!』
「そんなにソファーの悪口言えるんだったらベッドに行けるよな?」
『……あ、』
「今晩からお前がベッド、俺がソファーでいいな?」
『……。』


納得がいかないようで、頬を膨らませてふい、と顔を逸らす仕草を見ると、まだ子供っぽいとこもあるんだなと思わされる。


「……ロシェリー。」
『……じゃあ、布団を買いましょう。そしたら私がそれで寝ればいいんですよ!』
「……明日居なくなるかもしれないんだ。金の無駄遣いをするんじゃない。」
『さ、さっきと言ってることが真逆ですよ!』
「何も買えとは言ってないだろ。」
『…………それなら、』
「?」
『一緒にベッドで寝れば、文句ないでしょう?』
「……。」


……文句は、ないが…。
いろいろとまずい気がするのは俺だけか?いや、違うだろうな。


『ね?リヴァイさん、それで納得していただけませんか?』
「……、わかった。納得しよう。」


申し訳なさそうな顔で言うこいつを目の前に、それは駄目だと言える勇気はなかった。









* * *






ー…


『じゃあリヴァイさん、おやすみなさい。』
「ああ、おやすみ。」


パチン、


明かりが消えると、俺たちは背中合わせになるように寝た。……なんだか落ち着かねえな。


『……ねえ、リヴァイさん。』


ふと、15分くらい経ったとき、ロシェリーが話しかけてくる。


『……もう、寝ちゃったかな?』


……寝たと思っているみたいなので、寝たふりをしておこう。


『あのね、リヴァイさん。今日は、ありがとう。私のことを考えて、ベッドで寝ろって言ってくれたんだよね…きっと。』


……別にそんなんじゃねえよ、


『リヴァイさんは、本当に優しいね。私、漫画の中で輝いてる貴方には、一生手が届かないと思ってた。でも、あの日来てくれた時、こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけど、すごく嬉しくて、幸せだった。』
「……。」
『……ねえ、リヴァイさん。』
「っ……!」


ぎゅ、と後ろから抱きしめられ、顔に熱が集まる。柔らかくて温かいロシェリーの体温に、心臓の鼓動が速まるのを感じた。


『…大好きだよ。』


優しい、甘い声が背中越しに聞こえてきた。
しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきて、ロシェリーが寝たんだと理解する。


「……馬鹿野郎…ッ」


起こさないようにそっと彼女の方に体を向ける。すぐ近くに見える彼女の整った顔に、とくん、とくん、と速さを増す鼓動。胸の奥がきゅんとして、とても苦しいような、愛しさが溢れてくる感情。

人は、これを恋と言うのか。



「……俺も、お前が好きだ。」


ぎゅう、と優しく抱きしめて、彼女の額にそっとキスを落とした。

戦いには要らない感情、
でも、そうだとしても、俺はこいつがいとおしくてたまらない。

たった一週間ほどのうちに恋に変わったこの想いは、もしかしたら脆いものなのかもしれない。でも、こいつが本当に大切で、あの優しい笑顔をずっと護ってやりたい。


大切な人が居る者ほど、強い。

護りたいものがある者も強い。


ロシェリーの笑顔を思い浮かべながら、俺は今まで理解できなかったそれらの言葉をやっと理解する。




───人類最強と呼ばれた男は、
──────生まれて初めて、恋をした。


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